私の人生は、厚い学術書で埋め尽くされていた。小野隆、55歳。大学教授という肩書きは、周囲から見れば栄誉あるものなのだろう。しかし、私の書斎はいつも、どこか澱んだ空気に満ちていた。壁一面の本棚には、古典から最新の論文までがぎっしりと並び、その重みに耐えかねるように、床は軋む。夜な夜な、蛍光灯の下で原稿用紙に向かい、難解な理論をこねくり回す。それが私の日常であり、喜びであり、そして——孤独だった。 長年研究に没頭し、独身を貫いてきた。若い頃は、この知の探求こそが、人生のすべてだと信じて疑わなかった。だが、寄る ...