夜を売る君と、純情な僕
「人生経験、か……」 スマホの画面に映る、歳の離れた女性の顔写真を眺めながら、俺は一人ごちた。 荻原悠馬、二十歳。都内の大学に通う、ごく普通の大学生だ。サークルとバイト、講義とレポート。それなりに忙しくはしているけれど、どこか物足りなさを感じていた。満員電車に揺られ、無機質なビル群を見上げるとき、ふと「このままでいいのか?」という漠然とした不安に駆られる。何か、日常を突き破るような刺激が欲しかった。 そんな時、ふと目にしたのが、巷で噂のマッチングアプリの広告だった。「新しい自分に出会える」「運命の相手が見 ...
デジタルと肌のあいだ
デジタルと肌のあいだ フリーランスエンジニア、黒田純平、22歳。 モニターの光だけが頼りの生活は、正直、味気なかった。コードを打ち込む指先だけが、唯一世界と繋がっている感覚。そんな俺が、まさか「彼女」と出会うなんて、夢にも思わなかった。いや、「出会ってしまった」と言うべきか。 きっかけは、巷で噂の出会い系アプリ。 友人に勧められるがままに登録したものの、どうせ冷やかしだろうと、期待なんてしていなかった。プロフィールの写真も、数年前に適当に撮った証明写真の切れ端。なのに、マッチングした通知が表示された時、心 ...
体温(ぬくもり)
人生の後半に差し掛かり、まさかこんな形で新しい出会いがあるなんて、数ヶ月前までは考えもしなかった。 外食チェーンのマネージャーとして、時間に追われる毎日。気がつけば、家庭には僕一人。子供たちは独立し、賑やかだった家はひっそりとしていた。 そんな時、ふと目にしたのが「人生を共に歩むパートナーを見つけませんか?」という広告だった。 正直、最初は半信半疑だったけど、このまま一人で老いていくのは寂しい、という思いが勝った。軽い気持ちで登録したアプリ。プロフィール写真に映る自分は、少しばかり疲れて見えたかもしれない ...
昼下がりの密会、止められない鼓動
昼下がりの密会、止められない鼓動 星野健一は、スマートフォンの画面に目を落とした。 夜中、高層ビルのオフィスで一人残業する光景は日常だ。外資系企業のマネージャーとして働く身には、ワークライフバランスなど絵に描いた餅。当然、まっとうな出会いなんてあるはずもなかった。 そんな俺が、藁にもすがる思いで始めたのが、このマッチングアプリだった。 スワイプを繰り返し、流れていく無数の顔写真とプロフィールを追う。どこか醒めた、しかし抗えない期待感が胸の奥にあった。仕事で埋め尽くされた日常に、ほんの一筋でも光が差さないか ...
琥珀色のカウンターで、愛を知る
俺、片山修平、37歳。 夜の帳が下りた街で小さなバーを営んでいる。カラン、とグラスに氷が触れる乾いた音、静かに流れるジャズ、琥珀色の液体が照明を反射するカウンター。ここが俺の居場所であり、戦場でもある。 毎日が同じようでいて、来る客によって空気は変わる。そんな日常に、少しだけ、ほんの少しだけ飽きていたのかもしれない。 スマホの画面に、見慣れない通知。マッチングアプリ。そういえば、気まぐれに登録してみたんだっけ。開いてみると、「辻希美さんから「いいね!」が届いています」の文字。 辻希美、31歳、デザイナー。 ...
アプリ越しのノスタルジア
「愛ちゃん? 本当に愛ちゃんだ!」 目の前に立つ彼女を見て、俺は思わず声を上げた。スマホの画面越しに何度も見ていた顔が、今、夕暮れの公園で、光と影の中に確かにあった。待ち合わせのベンチから立ち上がった橋本愛は、メッセージのやり取りで想像していた通りの、いや、それ以上の、屈託のない笑顔を俺に向けてくれた。 「悟さん! 声かけられなかったらどうしようかと思いましたよ〜」 少しはにかんだようなその声も、メッセージで読んでいた通りの明るさだ。 俺たちがマッチングしたのは、お互いに同じチェーンの居酒屋でバイト経験が ...
秘めやかな雫
都会の喧騒から少し離れた、隠れ家のようなバーの片隅。間接照明が落とされた薄暗い空間で、俺、蓮は、グラスの中の琥珀色の液体を静かに揺らしていた。日々の仕事の疲れを癒す、いつもの習慣だ。しかし、今夜はいつもと違っていた。 カウンターの向こうに立つ彼女に、俺の視線は釘付けになっていた。新しく入ったバーテンダーだと、馴染みのマスターが言っていた。 伽耶(かや)。 その響きだけで、なぜか心がざわついた。彼女は、スレンダーな身体つきとは対照的に、どこか柔らかな雰囲気を纏っていた。 艶やかな黒髪は一つに結ばれ、首筋の華 ...
心の隙間を埋めるもの
俺、小川徹、二十歳。 コンビニの深夜バイトで、その日暮らしの生計を立てていた。 大学も行かず、特に夢も目標もなく、ただ漫然と毎日を過ごしていた俺は、常に心の中に、ぽっかりと空いた穴のような虚しさを感じていた。そんな日常に、何か変化が欲しくて、俺は出会い系アプリに登録した。 「癒やしを求めている」という、ごくありふれたプロフィール文は、俺の偽らざる本音だった。 何人かとメッセージを交わしたが、どれも表面的な会話で、すぐにフェードアウトしていった。そんな中、裕美さんとマッチングした時、正直、少し驚いた。 プロ ...
包容力の甘い罠
雨上がりの湿った空気がカフェの窓を曇らせていた。 吉田恵梨香は、いつものようにカウンターの中でカップを拭きながら、ガラスの向こうに目をやった。今日の予約客は、少し変わっていた。「年上の女性に憧れ」という、なんともストレートなメッセージと共にマッチングした相手、小林大輔だった。 画面越しでは爽やかな笑顔の青年だったが、実際に会うとなると、やはり歳の差が気にならないと言えば嘘になる。 29歳と25歳。 たった4歳だが、社会人として働く自分と、まだ学生の大輔の間には、見えない壁があるように感じていた。恵梨香は自 ...
家(うち)シネマの誘惑
山田健一、32歳。 ITエンジニアとして無機質なコードと日々向き合う俺の日常に、佐藤由美、28歳という女性が滑り込んできたのは、一月ほど前だ。きっかけは、よくあるマッチングアプリ。プロフィールにあった「映画好き」に惹かれ、「好きな映画のジャンルが似てますね」とメッセージを送ったのが始まりだった。 由美はウェブデザイナーだという。その感性からか、メッセージのやり取りは洗練されていて、俺の退屈な日常に鮮やかな色を差していくようだった。 会社でも、退屈な会議の最中に由美からのメッセージを思い出しては、思わず微笑 ...