体験談

忘れられない人

色褢せた人生の始まり

俺、坂本雅夫、26歳。大手不動産会社に勤めている。給料は悪くないが、人生にこれといった熱意はなかった。小さい頃から肥満体型で、女性に縁がない人生を送ってきた。ファッションには興味がなく、休日はゲーム、酒、そして煙草に時間を費やしていた。性欲処理はもっぱらソープランドで済ませていた。自家発電すると、いつも終わった後に「俺、何やってんだろう」という虚無感が押し寄せる。それが嫌いだったから。

朝、目覚めると、俺は天井を見つめながら深くため息をついた。今日もまた、同じ日々の繰り返しだ。ベッドから重い体を起こし、鏡に映る自分の姿を見る。だぶついたTシャツ、寝癖がついた髪、そして無精ひげ。こんな姿で、今日も会社に行くのかと思うと、気が滅入った。

「もう、変わらなきゃいけないのかもしれないな……」

そう呟きながら、俺はシャワーを浴び、適当に身支度を整えた。アパートの狭いキッチンでインスタントコーヒーを飲み、味気ない朝食を済ませる。窓の外では、鳥がさえずり、子供たちの笑い声が聞こえる。だが、俺の心には何の波紋も立たなかった。

会社に着くと、いつものようにデスクに座り、パソコンを立ち上げる。メールをチェックし、書類を整理し、電話に応対する。同僚たちと他愛もない会話を交わすが、心はどこか遠くにあった。昼休みには、一人で弁当を食べながら、スマートフォンでゲームに没頭する。周りからは「坂本くん、最近もゲームばっかりだね」と笑われるが、それ以外にやることもなかった。

帰宅後は、冷蔵庫のビールを取り出し、テレビをつける。ニュースやバラエティー番組をぼんやりと見ながら、煙草を吸う。そして、休みの前の日はいつも夜更け頃に、ソープランドの予約を入れる。今回もまた、虚無感を埋めるために、身体を売る女たちの元へ向かうのだ。

「俺の人生、これでいいのか?」

そんな疑問が頭をよぎるが、すぐに振り払う。変わることなんて、面倒くさい。このまま流されるままに生きていけばいい。そう自分に言い聞かせながら、俺は眠りについた。

突然の辞令

ある月曜日、俺の日常は突然の辞令によって、音を立てて崩れ去った。

「坂本君。今度の人事で、君に九州に赴任してもらうことになった」

「九州、ですか……」

部長の言葉に、俺はただ茫然とするしかなかった。九州の人手不足を補うための転勤だと聞かされ、断る選択肢はなかった。故郷を離れ、見知らぬ土地で始まる新生活は、想像していた以上に過酷なものだった。

「ここまで酷いとは……」

前の支店とは比べ物にならないほどの激務が俺を待っていた。朝から晩まで仕事に追われ、家と会社の往復だけの毎日。趣味のゲームをする時間はおろか、疲労困憊で食欲すら湧かず、ただひたすら眠りにつく日々だった。慣れない土地での孤独と、終わりの見えない激務に、俺の心は次第にすり減っていった。

「ゲームもしたいけど、寝る時間が少なくなる。しばらくは我慢が続くか……」

そう思いながら、俺は歯を食いしばって業務をこなした。身体的な疲労だけではなく、精神的な疲労も蓄積され、俺を追い詰めていった。故郷の友人と連絡を取る気力もなく、誰かに弱音を吐くこともできず、俺は一人、静かに耐え続けた。

週末、俺はアパートの部屋でぼんやりと天井を見つめていた。外は晴れているのに、心はどんよりと曇っていた。スマートフォンには、友人からのメッセージが届いていたが、返信する気力すらなかった。

「こんな生活、いつまで続くんだろう……」

だが、その日、俺の人生は少しずつ変わり始めるのだった。

光が差した夜

休みのある日、俺はソープランドの予約を入れていた。

予約の時間にソープランドのドアを開けると、甘い香りと柔らかい照明が俺を迎えてくれた。受付で手続きを済ませ、俺は案内された部屋に向かった。扉を開けると、一人の女性が立っていた。彼女の顔を見た瞬間、俺の心臓は高鳴った。

「まみです。よろしくお願いします」

俺の前に現れたのは、プロフィールの写真よりもずっと美しく、魅惑的な女性だった。年齢は43歳と書かれていたが、信じられないほどのプロポーションをしていた。豊かな胸、引き締まったウエスト、そして重力に逆らうかのように上向きのヒップ。顔には年輪を感じさせる細かなシワがあったものの、それを補って余りあるほどのセクシーな魅力と、温かみのある素敵な笑顔を持っていた。

・・・値段を考えたら、十分だ・・・

そう心の中でつぶやきながらも、俺は目の前の女性に心を奪われていた。俺の服を脱がせながら、まみは柔らかな声で話しかけてきた。

「はじめましてですね。お兄さん、こちらの人?」

「いえ、転勤でこっちに越してきたんです」

「そうなんですかー。お兄さん若そうなのに、こんなおばさんでいいの?若い子が好きなんじゃないの?」

彼女の問いかけに、俺は柄にもなく素直な気持ちを口にしていた。

「いやいや、女性は年齢じゃないですよ。綺麗かどうかの方が重要です」

「じゃ、私は年齢も見た目もダメね……」

「そんなことないです!まみさんは美人さんです」

俺の言葉に、まみは一瞬恥ずかしそうな表情を見せた。

「でも、うちは若い子もいるじゃない。何で若い子を指名しなかったの?」

「俺、巨乳でスタイル良い人が好みなんです。今日見た中で、まみさんが一番だと思ったんで」

「そうなんだー」

服を脱がし終えると、まみは背を向け、ドレスのジッパーを下ろすように言ってきた。

「ドレスのジッパー下げてくれない?」

「あっ……はい」

俺がジッパーに手をかけると、健康的な白い肌が露わになった。

ジィィィィィー……

ドレスが下ろされ、下着姿になった彼女の姿は、宣材写真そのものだった。

「写真のまんまですね」

「そう?嬉しい……」

俺は、滑らかな絹のような肌に思わず感嘆の声を漏らしていた。

「すばらしい……。綺麗な人だ……」

「お兄さん、いっぱい褒めてくれるのねw」

「いやいや、思ったことを口に出しているだけです」

顔が真っ赤になる俺を見て、まみはクスクスと笑いながら言った。

「フフフ☆かわいい♡」

その言葉に、俺は耳まで赤くなった。その瞬間、俺の心に、彼女への特別な感情が芽生え始めていた。

秘密の逢瀬

まみのサービスは、俺がこれまで経験してきたソープランドとは次元が違った。彼女は業界歴が長く、かつては超一流店にいたという。その技術は、この店の料金では到底受けられないものだった。俺はあっという間に骨抜きにされ、時間いっぱいの極上のサービスに、大満足だった。

帰り際、まみは俺に名刺を渡してくれた。

「次回、持ってきてくれたら指名料がタダになるから、遠慮なく使って」

そして、濃厚なキスとハグをして、俺は店を後にした。

「まみさん、ヤバかったな……。むっちゃよかったわ……。だが、あれだけの人だ。中々枠は空いてないかもしれんな……」

そう思いながらも、俺は定期的にまみの店に通うようになった。しかし、意外にも彼女の枠はいつもすんなりと空いており、俺は困ることなく会うことができた。それはまるで、彼女が俺のために時間を空けてくれているかのようだった。

しばらく通っているうちに、まみは俺に連絡先を尋ねてきた。

「まーくん。よかったら連絡先教えてよ。私に連絡してくれれば、姫予約出来るし」

「いいよ」

お互いに連絡先を交換したが、仕事の忙しさから俺がまめに連絡することはなかった。たまにまみから「最近、お客さんが付かないから来て欲しい」とメールが来ることがあり、その時だけ「〇日は仕事が休みだから店に行くよ。だから予約を取って欲しい」と返信し、店に通う日々が続いた。

店に行くたび、まみは満面の笑みで俺を迎えてくれた。自分の話をニコニコしながら聞いてくれる俺に、まみも次第に心惹かれていった。

繋がる心、禁断の果実

ある日、俺がまみと遊んで帰り支度をしていると、彼女はフロントからの電話を受けていた。

「あ……、そうですか……。わかりました」

電話を終えたまみは、少し落ち込んだ様子だった。俺が尋ねると、次の客がキャンセルになったと寂しそうに答えた。

「何分のお客さんだったの?」

「70分……。今日の予約はまーくんとそのお客さんだけだったから……」

「じゃあ……その枠、俺が買おうか?」

「え……?」

「もうちょっと、まみさんと一緒に居たいし。ベッドでゆっくり話そうよ」

「いいの……?」

俺は追加料金を渡し、まみはフロントに再度連絡を入れた。まもなくして黒服が部屋に現れ、追加料金を回収し、俺たちは延長することとなった。

ベッドで他愛もない話をしているうちに、まみの本名が眞弓であること、シングルマザーで中学生の娘がいることを知った。彼女の本当の姿を垣間見たが、俺はいつもと変わらず彼女の話に耳を傾けていた。眞弓の口から語られる、娘に対する深い愛情や、仕事に対する葛藤、そして未来への不安。俺は、彼女がただの「ソープ嬢」ではなく、一人の人間として、懸命に生きていることを知った。

「せっかく延長してくれたから、もう一回しよ」

「いいけど……、出来るかどうかわかんないよ」

「大丈夫。私に任せて……」

俺は興奮し、再び彼女を抱こうとしたが、ふと疑問に思った。

「あれ……?眞弓さん、ゴムは……?」

すると、彼女は俺の目をじっと見つめ、艶めかしい声で囁いた。

「うふっ♡まーくんだけ特別……。今日からは中に出して良いよ♡」

その日を境に、眞弓は店のルールを超えた特別なサービスを俺にするようになった。俺はすっかりそのサービスにハマり、より一層足繁く店に通うようになる。

毎回、眞弓は俺を快く迎え、俺の望む回数だけ身体を重ねてくれた。二人の関係は、客と嬢という関係を超え、次第に特別なものへと変化していった。

夜を越える関係

「ねぇ、まーくん。このあと暇?よかったらご飯食べに行かない?」

ある日、店で身体を重ねた後、眞弓がそう誘ってきた。仕事終わりの彼女と食事に出かけ、お酒を飲みながら、これまでの人生や子どものことなど、彼女の想いを聞いた。俺はただ、黙って彼女の話に耳を傾けていた。店で会うときとは違う、飾らない眞弓の姿が心地よかった。

通い詰めるうちに、俺と眞弓は互いのことを深く知るようになっていった。日々の些細な出来事や、将来への不安。彼女の娘の話を聞くうちに、俺は眞弓という人間を理解し、同時に彼女もまた、俺のことを理解していった。心の距離は次第に縮まり、いつしか俺たちは、店の中だけでなく、外でも会うようになった。

ある日の夜、いつものように店で身体を重ねた後、俺たちは雰囲気の良い居酒屋のカップルシートに座っていた。傍から見れば、ただの恋人同士にしか見えない距離で、お酒を飲んでいた。

「ねぇ、まーくん。ちょっと聞いていい?」

「どしたの?眞弓さん」

澄ました顔で尋ねる眞弓だが、お酒のせいか、少し顔が赤らんでいるように見えた。

「まーくんは外では私に手を出さないね。何で?」

その問いに、俺は少し戸惑いながらも、素直な気持ちを口にした。

「そりゃ、そうでしょ。眞弓さんはそれが仕事じゃん。万が一、外でするなら、お金払うよ」

「ふーん……」

眞弓は面白くなさそうに、俺の言葉を流した。

その瞬間、俺の胸に、ある考えが閃いた。

「ねぇ、眞弓さん。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「ん?なぁに?」

「今度、お盆明けに連休があってさ、よかったら温泉でも行かない?もちろん、眞弓さんの休業補償はするよ」

すると、眞弓は一瞬驚いた顔をして、すぐにニヤリと笑った。

「……嫌よ」

「嫌?どうして?」

「休業補償なんてしなくていいよ」

「え……?」

「温泉、行きましょ☆でも、休業補償はしなくていいよ。ただし、温泉は部屋風呂付きの良い宿でね♡」

眞弓の瞳が、何かを企んでいるようにキラキラと輝いた。その言葉に、俺は心の底から嬉しくなった。彼女と「プライベート」で過ごせる時間が、何よりも欲しかったからだ。こうして、俺たちは二人きりの温泉旅行を計画することになった。

日常からの逃避行

約束の日、待ち合わせ場所に現れた眞弓は、いつもの店での姿とは全く違っていた。清楚なワンピースに身を包み、ほんのり化粧を施した顔は、普段よりもずっと美しく見えた。

「眞弓さん。今日はまた一段とキレイだね」

「もぅ……。恥ずかしいから止めてよ……」

はにかむ眞弓の姿に、俺は胸の高鳴りを感じた。

車に乗せ、温泉宿を目指して車を走らせると、すぐに眞弓がひじ掛けに置いた俺の手に、自分の指を絡ませてきた。

「ん……?」

「今日は、デートだから……、ね……?」

彼女の温もりを感じながら、俺はハンドルを握った。助手席から漂う、彼女の甘い香りに、俺の心は高揚していく。

途中の道の駅で休憩した。終始、眞弓は俺と手を繋ぎ、俺が買ったソフトクリームを「あーん」と食べさせてくれたり、記念写真を撮ったりした。周りから見れば、俺たちは誰もが羨むような仲の良い恋人同士に見えただろう。その親密な距離に、俺の心は満たされていった。

だが、眞弓の豊かな胸が俺の腕に触れるたびに、俺の心は乱された。理性と欲望がせめぎ合い、平然を装う俺だったが、眞弓にはすべてお見通しだったようだ。

「あっ。まーくん、なんかドキドキしてる?」

「い、いや、そんなことないよ……」

俺が動揺しているのを知ってか知らずか、眞弓は俺の耳元に唇を寄せ、囁くように言った。

「あとで……、いっぱいしようね♡」

その言葉に、俺の理性は完全に吹き飛んだ。

密室の熱、高鳴る鼓動

昼過ぎに温泉宿に到着した。全室が離れの設計で、露天風呂が部屋に付いている高級旅館だ。仲居さんに丁寧な挨拶で出迎えられ、俺は内心、緊張していた。しかし、眞弓はまるで自分の家に帰ってきたかのようにくつろいでいた。

部屋に通されると、その豪華さに二人して声を漏らした。

「おぉ……、さすがは有名な旅館だけあって凄いな……」

「めっちゃいいお部屋だね」

さらに仲居さんから、女将の好意で部屋がアップグレードされたと知らされ、俺たちは驚きと喜びを隠せなかった。

「お礼なら女将にお伝えください。後ほどご挨拶に伺うかと思います」

仲居さんの言葉に、俺は心付けを渡した。

部屋でしばしの休息を取る。二人並んで窓の外の絶景を眺めながら、お茶をすすった。

「あぁ……、いいね……。落ち着くわー」

「ほんと……。忙しい毎日が嘘みたい……」

互いに身体を寄せ合い、もたれかかりながら外を眺めていた。ふと眞弓の方を見ると、浴衣の襟元から豊かな胸の谷間が覗いていた。朝からずっと我慢していた俺の理性の箍が外れる。眞弓から漂う甘い匂いと、目の前の谷間に、俺の心は支配された。

俺は左手で眞弓の左胸の下あたりをそっと触り、そのまま自分の方へ引き寄せた。

「あん……。まーくん、どうしたの……?」

「いや、もっとくっつきたいなと思って……」

「ふふっ、かわいい……♡」

眞弓はそう言うと、俺の唇を奪った。

「眞弓さん……」

「まーくん……」

見つめ合う二人。その時、静寂を破るようにノックの音が聞こえた。

コンコン!

「失礼いたします。女将の田中でございます」

俺たちは慌てて身体を離した。俺は「は、はーい!どうぞー!」と返事をし、女将が部屋に入ってきた。無料アップグレードのお礼を伝えると、女将はにこやかに「当館で出来ることがあれば」と言い、部屋を後にした。

女将が去ったのを確認した眞弓は、静かに部屋の鍵を閉めた。そして、俺のもとへ近寄り、艶めかしい眼差しで俺を見つめた。

「まーくん♡」

彼女は俺に抱き着き、再び唇を奪い、情熱的に舌を絡めてきた。俺はゆっくりと彼女の浴衣をはだけさせた。細身ながらもメリハリのある身体が露わになる。俺も浴衣を脱がされ、彼女から丁寧に愛撫された。

「今日は、まーくんが私を独り占めだから……、いっぱい愛して……」

潤んだ瞳で見つめられた俺の理性は、もうどこにもなかった。俺たちは一つになり、激しくまぐわった。

「ダメだ……。もう、イキそうだよ」

「いいよ……。我慢しないで……。そのままイッて……」

全身に電流が走り、俺は眞弓の中で激しく果てた。

「あぁ……、スゴイ……。めっちゃ出てる……」

昂った眞弓の身体は、一瞬赤らむ。トロッとした表情に俺は興奮し、再び腰を動かし始めた。

「あん♡まーくん、ダメ……。気持ちいい……」

「眞弓さん……。綺麗だよ……」

「あん♡うれしい……」

そのまま、二度目の絶頂を迎えた。ぐったりとしながら、俺たちは互いの身体を抱き寄せ、心臓の鼓動を聞いていた。

ささやかな幸せ

その夜、俺は幾度となく彼女を抱き、心ゆくまでまぐわった。同じ布団で眠り、翌朝も、俺は彼女の浴衣をはだけさせた。

「昨日、あんなにしたのに、まだ元気なの……?」

「無理だよ。横でこんなに綺麗な人が寝てたら、我慢できないって……」

「フフフ♡しょうがないなぁ……。ほら……、おいで♡」

時間の許す限り、俺は彼女の身体を堪能した。この旅行をきっかけに、俺は眞弓との真剣な交際を考え始め、2か月後、俺たちは恋人同士となった。

眞弓と付き合い始めてから、俺の仕事に対する熱意も増していった。彼女の中学生の娘とも顔を合わせ、3人で出かけることも増えた。ショッピングモールで買い物をしたり、少し遠出してテーマパークに行ったり。他人から見れば、ごく普通の、幸せな家族のようだった。俺の人生は、少しずつだが、確かに彩りを取り戻していた。

ある日の深夜、残業を終えて帰路についていた。横断歩道を渡っているとき、突然の衝撃が俺を襲った。

キィィィィーーー!!!

「うゎゎゎゎーーーー!!」

トラックの急ブレーキの音と、運転手の悲鳴が聞こえたかと思えば、鈍い衝撃とともに、俺の意識は遠のいていった。

…ドン!

届かない声

「う……ん?ここは……」

目が覚めたとき、俺は白い天井の下にいた。消毒液の匂いと、機械の電子音が耳に届く。病室には、心配そうな顔をした両親と会社の上司がいた。

話を聞くと、俺は居眠り運転のトラックに轢かれ、意識不明の重体で病院に運ばれたらしい。医者からは、左の大腿骨、腰骨、肋骨が折れていると告げられた。意識を失っていたのは、四日ほどだったという。俺はそのまま入院生活を送ることになった。

眞弓に連絡しなければ。そう思って、ポケットから携帯電話を取り出そうとした。だが、上司が申し訳なさそうに、俺の手に壊れた携帯電話を乗せた。画面はひび割れ、筐体は歪み、完全に壊れていた。バックアップも取っていなかったため、データはすべて消えてしまっていた。

病院内は携帯電話の使用が禁じられており、俺は病室から出ることさえできなかった。立ち上がることすらままならない身体で、俺はひたすら眞弓との再会を願った。しかし、連絡を取る術は何もなかった。

退院するまでの十ヶ月間、俺は眞弓と一切連絡を取ることができなかった。その間、眞弓は俺の安否を案じ、毎日連絡を試みていた。メールを送っては返信を待ち、電話をかけては留守番電話にメッセージを残した。しかし、彼女の想いが俺に届くことはなかった。

「まーくん、大丈夫?何かあったの?」

「ねぇ、もう飽きちゃったのかな……」

彼女の心は、徐々に不安と絶望に侵されていった。

残された後悔

十ヶ月後、ようやく退院できた俺は、まっすぐに携帯電話ショップに向かった。回線を復活させ、新しい機種に買い替えた。電話が使えるようになった安堵と、眞弓に連絡できる喜びで、俺の胸は高鳴っていた。

メール画面を開くと、大量の未読メールが残されていた。その山の中に、眞弓からのメールもあった。順を追って確認していくと、最初は軽い内容だったが、徐々に重くなっていくのがわかった。

『最近連絡ないけど、どうしたの?』

『まーくん、大丈夫?』

『もう飽きちゃったのかな……』

そして、四ヶ月も経つと、ついに『さようなら』とだけ書かれたメールが届いていた。

俺はすぐに、これまでの経緯を記したメールを返信した。事故に遭ったこと、携帯が壊れてしまったこと、連絡できなかったことを必死に綴った。しかし、メールはアドレスが変わっていると表示され、戻ってきてしまった。電話もかけてみるが、『現在使われておりません』のメッセージが流れるだけだった。

俺はいてもたってもいられず、眞弓が働いていた店のホームページを確認した。だが、彼女の名前はすでになかった。店に電話してみたが、個人情報なので教えられないの一点張りだった。

彼女は、俺の前からすっかり姿を消していた。

今でも、街中で眞弓に似た人を見かけるたびに、心が締め付けられる思いがする。あのとき、あの交差点で、もし事故に遭っていなければ。もし、携帯電話が無事だったなら。もし、入院期間がもっと短かったなら。そんな「もしも」を考えるたびに、俺は後悔の念に苛まれる。

退屈だった俺の人生に、色鮮やかな光を与えてくれた彼女。彼女との出会いは、俺にとって紛れもなく、人生最高の出来事だった。だが、その光は、あまりにも唐突に、そしてあっけなく消えてしまった。

彼女は今、どこで、どうしているのだろうか。幸せに暮らしているだろうか。それとも、まだ俺のことを恨んでいるだろうか。俺はただ、彼女の幸せを願うことしかできない。

もし、もう一度会えるなら、俺はどんなに謝罪の言葉を並べても足りないだろう。そして、もし、やり直せるなら、今度こそ、俺は……。

ただ、今は、後悔と喪失感を抱えながら、それでも前に進むしかないのだ。あの出会いが、俺の人生を変えたことだけは、紛れもない事実なのだから。

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