その日の夜、眠りから覚めた俺は、隣で眠る友子さんの姿を見て、昨夜の出来事を鮮明に思い出した。俺の身体は、火照っていて、頭の中は、まだぼんやりとしている。隣で、友子さんが、寝返りを打った。
「ん…」
友子さんが、うっすらと目を開けた。そして、俺の存在に気づき、ハッ、と目を見開いた。その視線は、一瞬にして、隣にいる俺の裸の身体へと向けられた。彼女の顔が、みるみるうちに赤くなる。
「健吾…くん…?」
友子さんの声は、掠れていて、まるで夢でも見ているかのような響きがあった。俺は、ゆっくりと身体を起こし、彼女に語りかけた。
「友子さん…昨日のこと…」
俺の言葉に、友子さんの顔は、さらに赤くなった。彼女は、ゆっくりと身体を起こし、毛布で自分の身体を隠すように、俺から視線を逸らした。その指先が、毛布の端をぎゅっと握りしめている。
「ごめんなさい…私…その…酔ってたから…」
友子さんの声は、震えていた。恥ずかしさと、申し訳なさ。その両方が、彼女の表情に現れていた。沈黙が、重く部屋に落ちる。俺は、彼女の震える肩をそっと抱き寄せたい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。心臓の音が、ドクン、ドクン、と耳の奥で響く。この沈黙は、今の俺たちには、あまりにも重すぎた。
「あの…友子さん…」
俺は、友子さんの手をそっと握った。彼女の手は、冷たかった。俺の指が、彼女の指の節を辿り、その繊細な感触に、俺の胸は締め付けられる。あの夜、頬にキスされた時から、友子さんの存在が、俺の心の中で大きく膨らんでいた。あの甘く、熱い感触が、今も鮮明に蘇る。
「俺…友子さんのこと…意識してたんです。あの日のキスから…」
俺の言葉に、友子さんは、驚いたように顔を上げた。その瞳は、まだ潤んでいて、俺の言葉の意味を測りかねているようだった。俺は、まっすぐに彼女の目を見つめ、決意を込めた。
「だから…もしよかったら…俺と…付き合ってくれませんか?」
俺は、震える声で、そう告げた。喉の奥がひりつくような緊張感に襲われる。友子さんは、俺の言葉に、何も答えない。ただ、じっと俺の目を見つめている。その瞳には、葛藤のようなものが浮かんでいた。しばらくの沈黙が、部屋を支配する。一秒一秒が、永遠にも感じられた。俺の心臓は、不安と期待で激しく脈打っていた。もし、断られたら。もし、この関係が終わってしまうのなら。そんな恐れが、頭の片隅をよぎる。
そして、友子さんは、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。その声は、震えていて、まるで細い糸がたぐり寄せられるような、か細さだった。
「あの…私…その…」
彼女の言葉に、俺は息を詰めた。一体、何を言われるのだろうか。予期せぬ言葉への不安が、俺の胸を締め付ける。
「私…風俗嬢なんです…」
その言葉が、俺の耳に届いた瞬間、全身に衝撃が走った。俺の呼吸が、一瞬止まる。予想もしなかった告白に、俺の頭の中は真っ白になった。風俗嬢。その言葉の響きが、俺の心に重くのしかかる。なぜ?どうして?そんな疑問が頭の中を駆け巡る。これまで抱いていた友子さんへの憧れや、純粋な好意に、複雑な感情が入り混じる。一瞬、戸惑いと混乱が俺の心を駆け巡った。彼女の視線が、まるで罪を告白するかのように、床に向けられている。その表情は、ひどく傷ついた子供のようだった。
「…え…?」
俺は、思わず、間の抜けた声を出した。俺の脳が、彼女の言葉を理解しようと、必死に情報を処理している。しかし、友子さんの顔には、嘘偽りのない真剣さが宿っていた。
「ごめんなさい…こんなこと…言いたくなかったんだけど…」
友子さんの声が、さらに小さくなった。彼女は、握られた俺の手から、そっと自分の手を引き抜こうとした。その仕草に、俺の胸がズキリと痛む。彼女が、俺から遠ざかろうとしているのが分かった。まるで、汚れたものに触れるかのように、俺から距離を取ろうとしている。その痛みが、俺の心を突き動かした。
「待ってください、友子さん」
俺は、友子さんの手を、もう一度、強く握りしめた。彼女の指の輪郭が、俺の指に食い込むほどに。彼女の細い指が、俺の大きな手にすっぽりと収まる。その感触に、俺の心は決まった。迷いは、もうなかった。彼女の過去や、今の職業が何であろうと、俺の気持ちは揺らがない。
「友子さん…」
俺は、彼女の目をまっすぐに見つめ返した。その瞳には、不安と、わずかながら抵抗の色が浮かんでいる。
「俺は、友子さんの職業とか、関係ないです。そんなこと、俺の気持ちには全く関係ない」
俺は、言葉を選ぶように、しかし、明確な意思を込めて言った。
「俺が好きなのは、川野友子さん、あなた自身です。あの夜、俺の腕を掴んでくれた友子さんが好きだ。酔いつぶれて、俺の部屋に運ばれた友子さんが好きだ。そして、今、俺の目の前で、そんなこと言いたくなかったって、震えながら告白してくれた友子さんが、俺は、好きなんだ」
俺の言葉が、部屋に響き渡る。友子さんの瞳が、大きく見開かれた。その目には、涙がまた溢れ出し、頬を伝っていく。彼女は、何も言わずに、ただ俺の言葉を、一言一句聞き漏らすまいとするかのように、耳を傾けていた。俺は、友子さんの手を、さらに強く握りしめた。その温もりが、彼女の心に伝わることを願って。
「俺は、友子さんと一緒にいたい。友子さんの過去も、今も、そして未来も、全部ひっくるめて、俺が受け止めたい。俺が、友子さんを守りたいんです」
俺の言葉に、友子さんの身体が、微かに震えだした。涙は止まらない。その震えは、まるで感情の激流に抗いきれず、身体が反応しているかのようだった。彼女の視線が、俺の目から離れ、宙を彷徨う。きっと、様々な思いが、彼女の頭の中を駆け巡っているのだろう。
「…でも…私なんかじゃ…健吾くんには…」
友子さんの声が、震えながら紡がれた。自己否定の言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「『私なんか』って言わないでください!そんなこと、俺は一度も思ったことない。友子さんが、俺にとってどれだけ大切な存在か、わかってほしい」
俺は、衝動的に、もう片方の手で、友子さんの頬を包み込んだ。冷たい涙が、俺の指先に触れる。彼女の顔を、俺の視線から逃がさないように、しっかりと固定した。
「俺は、友子さんの全てを受け止めたい。だから…俺と、付き合ってください」
俺は、もう一度、彼女に伝えた。その瞳には、懇願と、そして、絶対に諦めないという強い決意を込めて。友子さんは、涙を流しながら、ゆっくりと、しかし、はっきりと頷いた。小さな、けれど、確かに肯定を示す仕草だった。
「…はい…」
その言葉に、俺は、全身の力が抜けるような、安堵感を覚えた。肩から、すとん、と重い荷物が降りたような感覚だ。友子さんは、涙を拭い、俺の胸に顔を埋めた。その身体は、まだ微かに震えていたけれど、その震えは、もう、不安からくるものではない。安堵と、新たな関係への期待が入り混じった、温かい震えだった。俺は、友子さんの頭を優しく撫で、その柔らかな髪の感触を味わった。彼女の甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐり、俺の心は、幸福感で満たされた。深く、そして、ゆっくりと、友子さんの香りを吸い込む。この温もりを、もう二度と手放したくない。そんな確かな感情が、俺の胸に込み上げてきた。
俺たちは、交際をスタートさせた。隣同士の部屋ということもあり、生活リズムの違いはあれど、ゲームやNETFLIXという共通の趣味もあって、お互いの部屋を行き来するようになった。友子さんの部屋は、いつも良い香りがして、俺は、その香りに包まれるたびに、幸せを感じていた。彼女の部屋に一歩足を踏み入れるたび、甘く、そしてどこか妖艶な香りが俺を包み込み、まるで別世界に迷い込んだかのような気分になるのだ。共に過ごす時間が増えるにつれて、友子さんの意外な一面を知ることもできた。普段は大人っぽく落ち着いた雰囲気なのに、ゲームに夢中になると、まるで子供のように目を輝かせたり、お酒に酔うと、途端に甘えん坊になったり。その一つ一つが、俺の心を掴んで離さなかった。彼女の全ての表情、仕草、そして、時折見せる弱さが、俺を強く惹きつけた。
ある日の深夜。居酒屋のアルバイトが終わり、マンションに帰ってきた俺は、いつものように友子さんの部屋の前を通り過ぎようとした。その時、ガチャリ、と友子さんの部屋の玄関が開き、友子さんが顔を出した。
「おかえり♡」
「友子さん、ただいま」
「ねえねぇ…」
彼女の声は、どこか甘えていて、俺の足を止めた。心臓がトクンと鳴る。
「どしたん?」
俺が問いかけると、友子さんは、俺の腕を掴み、自分の部屋へと引きずり込んだ。その小さな手から伝わる確かな力が、俺の身体を部屋の奥へと誘う。抗うことのできない、甘い誘惑に俺は身を委ねた。
「ちょっと来てほしいの…」
「え?何?」
予想外の展開に、俺は困惑した。友子さんは、俺の手を引いたまま、リビングへと向かう。
「お願い…来て…」
彼女の瞳は、まるで何かを企んでいるかのように、キラキラと輝いていた。その輝きに、俺の胸はざわめき立つ。リビングに入ると、友子さんは、俺の手を離し、困ったような表情で、ソファーの方を指差した。
「え、何?何?何?どうしたの?」
「困ったの…」

「困った…?」
「うん。すごい困ってる・・・」
俺は、友子さんの言葉に、首を傾げた。一体何が困っているというのか。
「何?何?」
「あのさ、私の大事にしてたネックレスさ、ソファーの後ろに、入っちゃったの…」
友子さんは、リビングにあるソファーの後ろと壁の間の狭い隙間を指差した。
「え?ここ・・・?」
俺は、指差された隙間を覗き込んだ。確かに、狭い隙間だ。人の手が奥まで届くかどうかも怪しい。
「うん。ちょっと重いからさ、手伝って欲しくて…」
「ああ、いいよ」
俺は、快く承諾した。まさか、これが罠だなんて、その時の俺は、全く気づいていなかった。純粋に友子さんの助けになりたい、その一心だった。彼女の困った顔を見て、手を差し伸べずにはいられなかった。
「お願い…」
友子さんの声が、どこか甘く響いた。その甘さに、俺の警戒心は解けていく。俺は、ソファーの隙間に身を乗り出し、奥を覗き込む。
「この後ろ?」
「うん…」
「どこ…?」
俺は、さらに身を乗り出し、隙間を覗き込んだ。ソファーの奥の暗闇に目を凝らす。その時だった。
「…えい!」
突然、背中に強い衝撃が走った。ドンッ!と鈍い音が、耳の奥で響く。俺は、そのままソファーに押し倒された。
「え…?何?」
予想していない出来事に、俺は驚き、声が出た。友子さんが、俺の上に馬乗りになっている。その顔は、悪戯っぽく、俺を見つめていた。ニヤリと吊り上がった口角が、俺をさらに混乱させる。
「やーい♡引っかかったー♡」
友子さんは、得意げに笑った。その笑顔は、まるで小悪魔のようで、俺は呆れてしまう。
「なんだよー」
「困ってるフリしてたら、助けてくれるかなと思って…」
彼女は、俺の胸に顔を埋め、甘えるような声で言った。その甘い声が、俺の耳元で響き、全身に鳥肌が立つ。彼女の柔らかな感触が、俺の身体にじわりと伝わり、熱が上がっていくのを感じる。
「えー…?どういうこと…?」
「今、一人でちょっと寂しかったから…、一緒にいたいなって思ったの♡」
友子さんは、俺の上に馬乗りになったまま、熱い視線を送ってきた。その瞳には、俺を求めるような、強い光が宿っている。俺の心臓は、激しく脈打ち始めた。ドキドキと、まるで体中から血が沸騰するような感覚に襲われる。彼女の柔らかな重みが、俺の腰にじわりと伝わってくる。
「え…、ちょっと…。待って、待って、待って、待って…」
俺は、慌てて彼女を制止しようとした。しかし、友子さんは、俺の言葉を無視するように、さらに顔を近づけてくる。その吐息が、俺の首筋をくすぐる。甘く、熱い吐息が、俺の皮膚を焼くようだった。彼女の胸が、俺の胸に押し当てられ、柔らかな感触が全身に伝わる。その刺激が、俺の理性をかき乱した。
「どうする・・・、これ…?」
友子さんが、俺の耳元で囁いた。その声は、甘く、そして、挑発的だった。俺の身体は、彼女の香りに包まれ、意識が朦朧としてくる。俺の理性は、もう、限界だった。この状況から逃れる術は、もう、どこにもない。
「ん?」
俺は、うわ言のように、そう答えた。喉がカラカラに乾き、唾を飲み込むのも苦しい。
「どうする?」
友子さんの瞳は、俺を誘惑するように、キラキラと輝いていた。その輝きは、俺を深淵へと引きずり込む魔力を持っていた。俺の理性は、完全に砕け散った。
「流れに身を任せた方がいいと思います…」
俺の言葉に、友子さんは、満足げに微笑んだ。その笑顔は、俺の最後の抵抗を打ち砕くものだった。
「とりあえず、じゃあ、電気消してもらっていい?」
俺は、震える声で、そう告げた。しかし、友子さんは、俺の言葉を遮るように、首を横に振った。
「…電気は・・・、つけたままで…」
その言葉に、俺は、最後の理性の糸が切れる音を聞いた気がした。友子さんは、俺の唇に、自分の唇を重ね、俺は、彼女に襲われるように、友子さんと求め合い始めた。部屋の明かりは、俺たちの情事を、煌々と照らし続けていた。