体験談

もう一度、君と歩むために 第二章:触れる距離、重なる視線


デートを重ねるごとに、俺と愛の距離は物理的にも心理的にも縮まっていった。ゲームセンターでの初デートから始まり、水族館、映画館、そして公園での散歩。毎回、愛は新鮮な驚きと喜びを俺に与えてくれた。彼女の隣にいると、日常の些細な出来事さえも、なぜか特別なものに感じられた。まるで、色褪せていた俺の日常に、鮮やかな色が少しずつ加わっていくような感覚だった。

ある日、俺たちは水族館に来ていた。薄暗い館内を歩きながら、色とりどりの魚たちが優雅に泳ぐ巨大な水槽を二人で見上げる。青い光に包まれた空間は、まるで夢の中にいるようだった。水中を漂うクラゲの幻想的な姿に、愛は

「わぁ、きれい……」

と小さく息をのんだ。その声は、水槽の泡の音にも負けないくらい、澄んでいて、俺の鼓膜に心地よく響いた。横顔は、まるで水槽の光に照らされた人魚のように儚く、そして美しかった。彼女の長い睫毛が、微かに震えているのが見える。

「聡さん、見て!あの魚、なんか面白い顔してる!」


愛が、興奮した声で俺の腕を軽く叩いた。その時、彼女の指先が、一瞬だけ俺の腕に触れた。まるで、電気ショックを受けたかのような衝撃。普段の生活では決して感じることのない、柔らかく、そして温かい感触が、俺の肌にじんわりと広がる。思わず、そちらに視線を向けたが、愛は水槽の魚に夢中で、俺の視線には気づいていないようだった。俺は、その小さな触れ合いに、妙に胸が高鳴るのを感じていた。「ドクン……ドクン……」と、心臓がいつもより速く脈打つのがわかる。このまま、時間が止まってしまえばいいのに、とさえ思った。

「ほんとだ、変な顔してるな」


俺は、平静を装いながら、愛が指差す魚に目を向けた。しかし、視線は、つい愛の横顔へと吸い寄せられてしまう。彼女の白い首筋、そこから覗く華奢な鎖骨、そして、無邪気に笑う薄い唇。全てが、俺の視覚と心を刺激した。まるで、これまで見てきた世界の全てが、モノクロだったかのように思える。愛の存在が、俺の世界に色を与え、五感を研ぎ澄ませていく。

水族館を出て、俺たちは近くのカフェに入った。店内は、コーヒーの甘い香りで満たされている。窓際の席に座り、甘い香りのコーヒーと、ふわふわのパンケーキを注文した。パンケーキが運ばれてくると、愛は目を輝かせた。

「わー!美味しそう!」

と、はしゃぐ声が可愛らしい。愛は、パンケーキを一口食べるごとに、「おいしい!」と瞳を輝かせた。その仕草一つ一つが、俺の心を惹きつけてやまない。彼女の口元についたクリームを、思わず拭ってやりたくなったが、なんとか堪えた。

「ねぇ、聡さん。聡さんって、いつもバイトリーダーしてるから、もっと真面目な人だと思ってた」


愛が、悪戯っぽく微笑みながら言った。その声には、少しだけからかうような響きがあった。


「え、俺、真面目だよ?」
「ふふ、でも、私といる時は、なんか違う感じ。もっと、優しいっていうか……。たまに、ちょっと不器用なところもあって、それがまた可愛いんだよね」


愛の言葉に、俺は少し照れてしまった。熱が、顔に集まってくるのを感じる。確かに、バイト先では常に気を張っている。フリーターの俺が、唯一、胸を張れる場所だから。でも、愛といると、そんな肩の力が抜ける。武装していた心が、ゆっくりと解けていくような感覚だ。


「愛ちゃんといると、素の自分に戻れるんだよ。なんか、飾らないでいられるっていうか……」


そう言うと、愛は少し驚いたような顔をして、それから嬉しそうに微笑んだ。

「嬉しいな」

彼女の口元から小さくこぼれる。その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かく、俺の心を溶かしていくようだった。この温かさが、ずっと続いてほしいと、心から願った。

会話は、自然と互いの悩みに及んだ。カフェの賑やかなBGMが、二人の会話を包み込む。


「私、最近、ゼミの課題が全然うまくいかなくて。文献も全然見つからないし、発表も苦手で……このままで卒業できるのかなって、不安になっちゃうんだ」


愛が、少し俯き加減に言った。彼女の華奢な肩が、少しだけ震えているように見えた。その細い指先が、テーブルの上で小さく震えているのが、俺の視界に入った。俺は、何も言わずに、彼女の小さな手にそっと触れたい衝動に駆られた。その震えを、この手で包み込んでやりたい。しかし、まだ、その一線を越える勇気はなかった。まだ、俺たちが触れてもいい関係なのか、確信が持てなかった。
「そっか……。でも、愛ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。いつも頑張ってるの、俺は知ってるから。一人で抱え込まずに、いつでも俺に話してくれていいからな」
俺は、精一杯の言葉で、彼女を励ました。そして、少しだけ身を乗り出して、彼女の顔を覗き込んだ。愛は、顔を上げて俺の目を見た。その瞳には、不安の色がまだ残っていたけれど、同時に、微かな希望の光が宿っているようにも見えた。彼女の視線が、俺の心に直接語りかけてくるようだった。

今度は、俺が抱える将来への不安を打ち明ける番だった。胸の奥にずっとしまい込んでいた、漠然とした焦燥感。


「愛ちゃんは、大学卒業したら、どうするの?就職とか、具体的なイメージある?」
「んー、まだ具体的には決まってないんだけど、でも、そろそろ真剣に考えないとなって思ってる。友達はみんなインターンとか行ってるし……。聡さんは?この先、どうするの?」


愛からの問いに、俺は言葉に詰まった。正直、明確な答えなど持ち合わせていなかった。フリーターとして、このまま日々を過ごしていくのか。それとも、何か新しい道を探すべきなのか。漠然とした不安が、常に俺の心を占めていた。喉の奥に、何か塊が詰まっているような息苦しさを感じた。


「俺は……正直、まだ何も決まってない。このまま、バイトを続けていくのかなって。正直、焦りはあるけど、どうしたらいいか分からなくて……」


そう言うと、愛は、何も言わずに俺の手をそっと握ってくれた。彼女の指が、俺の指に絡みつくように、ゆっくりと、そして優しく。その小さな手が、俺の大きな手の中で、まるで迷子の子供のように震えていた。しかし、その震えは、温かく、そして力強かった。その瞬間、俺の心の中に、熱いものがこみ上げてきた。それは、愛の優しさに対する感謝と、そして、彼女の存在が俺にとってどれほど大きいものになっているかという、確かな実感だった。この温かさが、俺の孤独を溶かしてくれるような気がした。

「聡さん、大丈夫だよ。聡さんなら、きっと見つけられる。聡さんのペースでいいんだよ。私も、聡さんのこと、応援してるから」


愛の声は、まるで母のように優しく、俺の心に深く染み渡った。その温かさに、俺は涙腺が緩むのを感じた。目頭が熱くなり、視界が少し滲む。こんな風に、誰かに寄り添ってもらったことなんて、いつ以来だろう。俺は、愛の存在が、俺の人生にかけがえのない光を灯してくれていることを、この時、確かに感じていた。このカフェの喧騒の中で、俺たちは二人だけの世界にいた。

その日以来、俺たちは、より深い部分で繋がり始めた。互いの悩みを打ち明け、支え合う。それは、甘さだけでなく、ほろ苦さも帯びた関係へと変化していった。将来への具体的なビジョンが描けない俺と、社会へ飛び出すことを意識し始めた愛。それぞれの立場や年齢からくる現実の壁も、少しずつ見え始めていた。それでも、愛といる時間は、俺にとって何よりも大切なものだった。

ある日の夜。愛は、俺の家に遊びに来ていた。二人で他愛もない話をしながら、テレビを見ている。部屋には、BGMのように静かに音楽が流れていた。ジャズのピアノの音が、ゆったりと空間を漂う。愛は、ソファに座る俺の隣で、膝を抱えるようにして座っていた。その距離は、すぐそこに彼女の体温を感じられるほど近い。彼女の甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐる。洗剤の香りだろうか、それとも彼女自身の匂いだろうか。どちらにしても、俺を狂わせるには十分だった。

「ねぇ、聡さん」


愛が、突然、俺の顔を見上げた。その瞳は、何かを訴えかけるように潤んでいた。まるで、吸い込まれるような瞳。


「ん?どうした、愛ちゃん?」


俺は、彼女の真剣な眼差しに、思わず息をのんだ。


「私ね、最近、もっと聡さんと一緒にいたいなって思うんだ。もっと、近くにいたい……」


愛の言葉に、俺の心臓はドクンと大きく鳴った。その音は、まるで部屋中に響き渡っているかのように感じられた。彼女の視線が、俺の全身を射抜くように感じられた。体の奥底から、熱い衝動が突き上げてくる。


「俺もだよ、愛ちゃん。ずっと、そう思ってた」


俺は、正直な気持ちを伝えた。愛は、ゆっくりと俺に顔を近づけてきた。その吐息が、俺の頬にかかる。甘く、そして熱い吐息。俺は、反射的に愛の細い腰に手を回した。彼女の体が、俺の体に吸い寄せられるように、自然と密着する。柔らかく、温かい感触が、俺の腕を通して全身に広がる。

「聡さん……」


愛の声は、震えていた。その唇が、俺の唇に触れる。柔らかく、そして温かい感触。最初は、優しく触れ合うだけだったキスが、次第に熱を帯びていく。愛の舌が、俺の口の中を探るように動いた。甘く、そして深い口づけ。俺も、それに答えるように、深く、そして激しくキスを返す。愛の髪の毛が、俺の指の間を滑り落ちる。その髪は、絹のように滑らかで、甘い香りがした。俺は、愛の華奢な体を抱きしめ、さらに強く引き寄せた。彼女の胸の膨らみが、俺の胸に柔らかく押し付けられる。その感触に、俺の理性の箍が外れそうになった。愛の体温が、俺の全身に伝わってくる。熱い。全てが熱い。

「もっと、愛ちゃんを感じたい……」


俺の言葉は、ほとんど声になっていなかっただろう。喉がカラカラに乾いていた。愛は、何も言わずに、俺のTシャツの裾を掴んだ。その指先が、小さく震えているのがわかる。その震えは、俺の興奮をさらに煽った。俺は、愛の顎を掴み、その唇を再び奪った。甘く、そして深いキス。そのキスは、俺たちの間に存在する全ての壁を、取り払ってしまうかのように感じられた。彼女の柔らかい肌が、俺の指先に触れる。俺は、まるで獲物を捕らえるかのように、彼女の体を求める気持ちを抑えきれなかった。理性と本能がせめぎ合う中で、本能が圧倒的に勝っていた。

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