体験談

もう一度、君と歩むために 序章

「はぁ……つまんねぇ・・・」

バイト先のコンビニの自動ドアが、ガラガラと音を立てて閉まる。夜中の2時。冷え切った空気と、陳列棚に残されたまばらな商品が、俺の空虚な心を映し出しているようだった。山田聡、28歳。世間的には「フリーター」という括り。バイトリーダーという肩書きは、責任だけが重くのしかかり、何一つ満たされることのない日常を彩る唯一の「色」でしかなかった。レジを打ちながら、いつも心の中で呟く。このまま、俺の人生は、何もなく終わっていくのだろうか?

そんなある日、ふと目にしたスマホの広告。

「新しい出会いが、あなたを待っている」

マッチングアプリ。その言葉が、まるで砂漠に差し込む一筋の光のように見えた。最初は、正直、半信半疑だった。というか、むしろ小馬鹿にしていた。所詮は、軽い出会いを求める奴らの集まりだろうと。しかし、心の奥底で燻っていた「何かを変えたい」という漠然とした衝動が、俺の指を動かした。登録画面に表示される項目を、まるで自分の履歴書を書き直すかのように真剣に埋めていく。趣味、休日の過ごし方、好きな食べ物……。普段、誰かに話すことなんてないような、ささやかな情報まで入力していくうちに、なぜか胸が高鳴っていくのを感じた。

そして、彼女と出会った。佐藤愛、20歳。プロフィールに載っていた写真は、眩しいほどの笑顔を浮かべていた。大学のキャンパスで、友達と談笑しているのだろうか。キラキラと輝く瞳、少し幼さの残る頬、そして、細くしなやかな指先。画面越しでも伝わる、その瑞々しさに、俺は一瞬で釘付けになった。思わず「いいね!」を押していた。いや、指が勝手に動いた、と言った方が正しいかもしれない。

「マッチングしました!」

スマホの画面に表示された文字に、俺は思わず「おっ」と声を出してしまった。まさか、本当にマッチングするとは。しかも、こんなに可愛い子と。期待と、少しの戸惑いが入り混じった感情が、胸の中で渦巻く。

最初のメッセージは、ごく当たり障りのない挨拶から始まった。


「はじめまして、山田聡です。マッチングありがとうございます!」


数分後、すぐに返信が来た。


「はじめまして!佐藤愛です。こちらこそありがとうございます😊」


絵文字付きの返信に、少しだけ親近感が湧いた。

メッセージのやり取りは、思ったよりもスムーズに進んだ。彼女は、絵文字を多用するけれど、決して馴れ馴れしいわけではない。言葉の端々から、育ちの良さと、どこか無邪気な好奇心が垣間見えた。


「聡さんは、お仕事何されてるんですか?」


愛からの質問に、俺は少しだけ躊躇した。フリーターのバイトリーダー。果たして、この肩書きを彼女はどう思うだろうか。正直に伝えるべきか、それとも少しだけ見栄を張るべきか。悩んだ末、俺は正直に答えた。


「コンビニのバイトリーダーやってます。まぁ、フリーターみたいなもんですね」


送信ボタンを押す指に、少しだけ力が入った。もしこれで、彼女からの返信が途絶えたら……。そんな不安が頭をよぎった。

しかし、愛からの返信は、俺の予想を裏切るものだった。


「へぇ!バイトリーダーなんですね!すごいじゃないですか!私、バイトとかしたことないから、どんな感じなのか全然わかんなくて💦」


拍子抜けするほど明るい返信に、俺は思わず笑ってしまった。彼女は、俺の「フリーター」という言葉に、何の偏見も持っていないようだった。


「大学生なんですね。愛さんは、どんな勉強してるんですか?」


俺も負けじと質問を返した。
そこから、二人のメッセージのやり取りは、まるで堰を切ったように始まった。愛は、大学での講義のこと、友達とのサークル活動のこと、そして将来への漠然とした不安を、飾らない言葉で語ってくれた。


「なんか、みんな就活の話とかしてるんですけど、私、まだ全然ピンとこなくて。正直、何がしたいのかもよくわかんないんです」


その言葉に、俺は妙な親近感を覚えた。年齢は違うけれど、彼女の抱える不安は、俺が日々感じているそれと、どこか似ている気がした。


「俺も、将来のこととか、全然考えられてなくて。とりあえず、目の前のバイトをこなすだけで精一杯って感じかな」


そう打ち明けると、愛からすぐに返信が来た。


「そっかぁ。でも、バイトリーダーって、なんだか頼りになりそう!聡さん、しっかりしてそうですよね😊」


その言葉に、俺の心は温かくなった。誰かに「頼りになりそう」なんて言われるのは、本当に久しぶりだったから。

メッセージのやり取りは、日を追うごとに密度を増していった。時には、夜中にまで及ぶこともあった。


「今日、バイトでめちゃくちゃ疲れたー。もう、このまま寝ちゃいたい😴」


愛からのメッセージに、俺は思わず笑みがこぼれた。


「お疲れさま。俺も今、休憩中。今日はどんなことあった?」


俺たちは、お互いの日常を、まるで昔からの友達のように語り合った。バイト先で起こった些細な出来事、大学での面白い授業、友達との他愛ない会話。画面越しに、愛の屈託のない笑顔が目に浮かぶようだった。彼女の若さゆえの純粋さ、そしてキラキラとした瞳に、俺はいつしか深く惹かれていた。まるで、色褪せていた俺の日常に、鮮やかな色彩が加わっていくようだった。

一方、愛も俺の落ち着いた雰囲気と、バイトリーダーとしての頼りがいのある姿に魅力を感じてくれているようだった。


「聡さんと話してると、なんか落ち着くんだよね。私の周りの男の子たちって、みんなチャラいから(笑)」


そんなメッセージが来た時には、俺は密かにガッツポーズをした。年齢差はあったものの、互いの日常を共有し、心の距離はすぐに縮まっていった。画面越しの会話が、いつしか現実の二人の距離を近づけていく。その過程は、まるでゆっくりと温まっていく微熱のようだった。じわじわと、しかし確実に、俺の心は愛に傾倒していった。

そして、初めてのデートの日。俺は、朝からそわそわと落ち着かなかった。約束の場所は、街のゲームセンター。愛からの提案だった。少し意外に感じたが、彼女らしいとも思った。


「私、ゲーム好きなんだよねー!聡さんも好き?」


そんなメッセージが来ていたから。

待ち合わせの場所に着くと、すでに愛が立っていた。メッセージのやり取りで想像していたよりも、ずっと小柄で、華奢な印象を受けた。白いTシャツにデニムのショートパンツ。シンプルな服装なのに、なぜか眩しく見えた。彼女の周りだけ、光が当たっているような錯覚に陥る。


「あ、聡さん!」


愛は、俺に気づくと、パッと顔を輝かせた。その笑顔は、まさにプロフィール写真の通り、いや、それ以上に魅力的だった。


「愛ちゃん、待たせたかな?」
「ううん、全然!私、ちょっと早く着いちゃっただけだから」


愛は、ふわりと笑って、俺の目を見上げた。その瞳は、吸い込まれるように澄んでいた。

ゲームセンターの喧騒の中に足を踏み入れると、愛はまるで子供のように目を輝かせた。


「うわぁ!すごい!久しぶりに来たー!」


彼女の無邪気な声に、俺の頬も自然と緩んだ。
まずは、UFOキャッチャー。愛は、目をキラキラさせて景品を見つめている。


「ねぇねぇ、聡さん!あれ取ってほしい!」


彼女が指差す先には、パステルカラーの可愛いぬいぐるみ。俺は、少し腕に自信があった。こういうのは、男としての見せ所だ。


「任せとけ」


そう言って、コインを投入し、クレーンを操作する。集中して狙いを定め、見事、ぬいぐるみをゲットした。


「やったー!聡さん、すごい!ありがとう!」


愛は、嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。その満面の笑みに、俺の心臓はキュッと締め付けられた。この笑顔を、これからもずっと見ていたい。そう、強く思った。

次に、対戦型のシューティングゲームに挑戦した。愛は、慣れない手つきで銃を構え、画面に向かって一生懸命にボタンを連打している。


「うわぁ!やばい!やられちゃうー!」
「愛ちゃん、もっと右!右!」


俺は、思わず声を張り上げて指示を出す。隣で、愛は必死に画面と格闘している。その真剣な表情も、また可愛かった。
結局、俺たちのチームは負けてしまったけれど、二人で声を上げて笑い合った。こんな風に、童心に帰って無邪気に笑い合える相手がいるなんて、思いもしなかった。

ゲームセンターを出ると、夕焼けが空をオレンジ色に染めていた。愛の横顔が、その光を浴びて、より一層輝いて見えた。


「今日、すっごく楽しかった!聡さん、ありがとう!」


愛は、俺を見上げて、にこりと微笑んだ。その笑顔は、俺の心に深く刻み込まれた。普段のバイトリーダーとしての俺は、もっと厳しくて、真面目な顔をしている。でも、愛といると、不思議と素の自分に戻れる気がした。

マッチングアプリという出会い方でありながら、二人の間には、ほろ苦くも甘い、青春の恋が始まった。それは、まるで、ずっとモノクロだった俺の日常に、鮮やかな色が加えられていくような感覚だった。この出会いが、俺の人生を大きく変えることになるなんて、この時の俺はまだ知る由もなかった。愛の存在が、俺の心に新しい感情の波を立て始めた。それは、温かく、そしてどこか切ない、確かにそこに存在している感情だった。俺は、この微熱のような恋が、どこへ向かうのか、ただ愛の隣にいることで確かめたかった。

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