沈黙が、重くのしかかる。数秒が、永遠にも感じられた。カフェのBGMが、遠くで小さく流れているのが聞こえる。
他の客の話し声も、耳には入ってこない。ただ、彼女の、そして俺の、心臓の音が、やけに大きく聞こえるだけだった。
やがて、彼女の細い指が、ゆっくりと俺の腕に絡みつくのを感じた。
その瞬間、俺の全身に、甘く痺れるような感覚が走った。彼女の指が、俺の腕を、そっと撫でる。まるで、俺の存在を確かめるかのように。
「…大地くん…」
彼女の声が、震えながらも、俺の耳に届いた。その声には、先ほどの戸惑いとは違う、何か、諦めのような、あるいは、受け入れるような響きが含まれているように感じられた。
俺は、ゆっくりと、彼女の顔を上げた。彼女の潤んだ瞳が、再び俺の目を捉える。その瞳には、まだ迷いはあるものの、はっきりと、俺への感情が宿っているのがわかった。
「私…どうしたらいいか、わからない…」
彼女の言葉は、弱々しく、助けを求めるようだった。その言葉に、俺の胸は締め付けられる。
「俺が、教えてあげる。あなたが、どうしたいのか…」
俺は、彼女の頬に、そっと手を添えた。彼女の肌は、驚くほど柔らかく、そして、熱を帯びていた。その熱が、俺の指先から、全身へと伝わっていく。
「亜希子さん…俺は、あなたが俺と同じ気持ちだって、信じてる」
俺は、彼女の顔を、ゆっくりと自分の方に向けた。彼女の瞳が、俺の真剣な眼差しから逃れようとしない。その瞳の奥に、微かな潤みが溜まっているのが見えた。
「だから…俺の気持ちを、受け入れてほしい」
俺は、さらに彼女に顔を近づけた。彼女の吐息が、俺の唇にかかる。甘く、そして熱い吐息。その香りに、俺の理性の箍が、今にも外れそうになる。
亜希子の唇が、小さく震える。彼女の視線が、俺の唇に、そして俺の目へと、さまようように動いた。その葛藤が、俺には痛いほど伝わってきた。
「…大地くん…」
彼女の声は、もはや蚊の鳴くようだった。その声が、俺の心臓を、さらに強く打ち鳴らす。
俺は、もう我慢できなかった。ゆっくりと、亜希子の唇に、自分の唇を重ねた。
最初は、震えるような触れ合いだった。亜希子の唇は、柔らかく、そして、温かかった。
俺の唇が触れた瞬間、亜希子の体が、びくりと震えるのがわかった。彼女の体から、微かな緊張が伝わってくる。
だが、俺は、その唇を離さなかった。そっと、優しく、吸い付くように、俺の唇を重ね続ける。
一瞬の静寂の後、亜希子の唇が、ゆっくりと、俺の唇に応えるように動いた。その瞬間、俺の全身に、爆発的な喜びが広がった。
彼女の唇が、俺の唇を、優しく吸い上げる。その感触に、俺の意識は遠のきそうになった。
(…ああ、亜希子…)
俺は、亜希子の顔を包むように、両手を回した。彼女の柔らかな髪が、俺の指の間をすり抜ける。そして、さらに深く、俺たちの唇は絡み合った。
周りの喧騒は、もはや完全に俺たちの意識から消え去っていた。ただ、唇と唇が触れ合う、その甘く、そして熱い感触だけが、俺の全身を支配していた。
亜希子の腕が、ゆっくりと俺の首に回されるのを感じた。彼女の指が、俺の髪を、優しく梳くように撫でる。その動きに、俺の胸は締め付けられた。
カフェの片隅で、俺たちは、まるで世界に二人だけになったかのように、深く、そして熱いキスを交わし続けた。
それは、禁断の果実を、初めて口にしたかのような、甘く、そして罪深い味だった。
(これで…俺たちの関係は、もう後戻りできない…)
俺は、そのことを、はっきりと理解した。
そして、その事実に、俺の心は、抗いがたい喜びで満たされていた。
カフェでのキスは、俺たちの関係を決定的に変えた。
唇が離れた後も、亜希子の目は潤んだまま、俺を真っ直ぐに見つめていた。
その瞳の奥に、かつての戸惑いと、そして新しい情熱の炎が揺らめいているのが見て取れた。
俺の心臓は、まだ激しく高鳴っている。周りの喧騒が、少しずつ耳に入ってくるようになったが、それでも、俺たちの間には、言葉にならない感情の嵐が吹き荒れていた。
「亜希子さん…」
俺は、再び彼女の名前を呼んだ。亜希子は、俺の言葉に小さく頷く。その仕草一つ一つが、俺の心を揺さぶった。
「大地くん…私、どうしたらいいか…」
彼女の声は、まだ少し震えていたが、その中に、どこか安堵のような響きが含まれているように感じられた。
それは、俺の告白と、そしてキスを受け入れたことへの、彼女自身の答えなのだろうか。
「俺は、亜希子が望むなら、どんなことだってする」
俺は、亜希子の手をそっと握った。
彼女の指は、驚くほど冷たかったが、俺の熱が伝わると、ゆっくりと温かくなっていくのを感じた。
「こんな関係…許されるはずないわ…」
亜希子の言葉に、俺の胸は締め付けられた。彼女の苦悩が、痛いほど伝わってくる。
「関係ない。俺は、亜希子と離れたくない。二度と、会えないなんて、耐えられない」
俺は、亜希子の目を真っ直ぐに見つめた。俺の真剣な眼差しが、彼女の心に届くように、願いを込めた。
亜希子の瞳が、再び潤んでいく。彼女は、ゆっくりと、そして深いため息をついた。その息遣いが、俺の心をざわつかせる。
「…私、あなたに会うのが、怖かった」
亜希子の告白に、俺は息をのんだ。
「出会い系サイトで、あなたからのメッセージを見た時、最初はまさかと思ったわ。でも、話していくうちに、あなたの言葉遣いや、ふとした瞬間に見せる仕草が、あなたを思い出させたの」
亜希子の言葉が、俺の胸に突き刺さる。
やはり、最初から気づかれていたのか。それでも、俺に会うことを選んでくれた。
その事実に、俺の心は、感謝と、そしてさらに強い愛情で満たされた。
「それでも、俺に会ってくれたのか?」
俺の問いに、亜希子は、ゆっくりと頷いた。
「ええ…会いたかった。あなたとのやり取りが、私にとって、唯一の光だったから」
亜希子の言葉に、俺の心臓は、歓喜の声を上げた。
彼女もまた、俺と同じように、孤独を抱えていた。そして、俺との出会いが、彼女の心に光を灯していたのだ。
「私…ずっと、満たされない思いを抱えていたの。夫は仕事ばかりで、私を見てくれなくて…」
亜希子の声が、弱々しく響く。その言葉に、俺の胸は痛んだ。こんなにも美しい亜希子が、孤独に苦しんでいたなんて。
「でも…あなたと話していると、心が温かくなった。まるで、忘れかけていた感情を、思い出させてくれるようだった」
亜希子の言葉に、俺は彼女の手をさらに強く握った。彼女の指が、俺の指を、そっと握り返す。その感触が、俺に、深い安堵感を与えた。
「俺もだ、亜希子。俺も、亜希子と話している時間が、一番幸せだった」
俺の言葉に、亜希子の顔に、微かな笑みが浮かんだ。その笑顔は、これまでの彼女の苦悩を忘れさせるほどに、美しかった。
「これから、どうすればいいか…わからないけど…」
亜希子の声が、再び弱々しくなる。
「俺は、亜希子と、このままずっと一緒にいたい。俺は、亜希子を幸せにしたいんだ」
俺は、亜希子の手を自分の唇に近づけ、そっとキスをした。彼女の指先から伝わる温かさが、俺の全身に広がる。
亜希子は、俺のキスに、何も言わなかった。ただ、じっと俺の目を見つめている。
その瞳の奥には、まだ迷いが残っているものの、確かな決意の光が宿っているように見えた。
カフェを出て、俺たちは人気のない公園へと向かった。木陰に腰を下ろし、再び沈黙が訪れる。
だが、先ほどまでの重苦しい沈黙とは違い、そこには、どこか穏やかな空気が流れていた。
俺は、亜希子の横顔をじっと見つめた。風が、彼女の髪をそっと揺らす。
その横顔は、やはり、俺が幼い頃から憧れてきた、美しい叔母さんのままだった。
だが、もう、彼女はただの叔母さんではない。俺の心を奪い、そして俺の全てを賭けてでも手に入れたい、一人の女性なのだ。
「大地くん…」

亜希子が、小さく俺の名前を呼んだ。俺は、彼女の方へと顔を向けた。
「私…本当に、こんなこと、許されるのかな…」
亜希子の声には、まだ不安の色が残っていた。俺は、彼女の不安を払拭するように、優しく彼女の肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ。俺が、あなたを守るから」
俺の言葉に、亜希子は、俺の腕の中で、ゆっくりと身を預けてきた。
彼女の体が、俺の体に、そっと寄り添う。その温かさが、俺の全身に、じんわりと広がっていく。
「私…ずっと、誰かに寄りかかりたかったのかもしれない…」
亜希子の言葉は、小さく、まるで独り言のようだった。その言葉に、俺の胸は締め付けられた。
「俺が、ずっとそばにいる。あなたが、俺に寄りかかればいい」
俺は、亜希子の髪を、優しく撫でた。彼女の髪は、絹のように滑らかで、指の間を心地よくすり抜けていく。
「…ねえ、大地くん」
亜希子が、俺の腕の中で、顔を上げた。その瞳が、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「私…あなたのこと、もっと知りたい」
その言葉に、俺の心臓は、再び激しく高鳴った。それは、亜希子からの、次なる一歩へのサインだった。
俺は、亜希子の顔を、ゆっくりと自分の方に引き寄せた。そして、もう一度、彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねた。
今度のキスは、先ほどよりもずっと深く、そして熱かった。亜希子の唇は、俺の唇に、ためらいなく応えてくる。舌が絡み合い、互いの体温が、さらに上昇していくのがわかる。
風の音、鳥のさえずり、遠くで聞こえる車の音。それら全てが、遠いBGMのように感じられた。俺たちの世界は、この公園の木陰で、ただ二人の熱いキスだけが存在していた。
このキスは、禁断の扉を完全に開いた合図だった。もう、後戻りはできない。そして、その事実に、俺の心は、抗いがたい幸福感で満たされていた。
(亜希子…俺は、お前を、絶対に離さない)
俺は、心の中で、強く誓った。
公園での熱いキスは、俺たちの間にあった最後の壁を打ち砕いた。
唇を離した時、亜希子の目は、まだ夢見るように潤んでいたが、その奥には、決意と、そして、どこか安堵のような色が宿っていた。
俺の心臓は、まだ激しく鼓動している。手のひらには、亜希子の柔らかな手の感触が、まだ残っていた。
「大地くん…」
亜希子が、俺の名前を、甘く囁いた。その声が、俺の耳に、心地よく響く。
「俺は、もうあなたと離れたくない。このまま、一緒にいたい」
俺は、亜希子の手を強く握りしめた。彼女の指が、俺の指を、ぎゅっと握り返す。その感触が、俺に、確かな手応えを与えた。
「私…自分でも、どうなるかわからない…」
亜希子の声は、まだ少し不安を含んでいたが、その瞳は、俺を真っ直ぐに見つめていた。その正直な気持ちに、俺は、さらに強く彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
「大丈夫だ。俺が、あなたを幸せにする。絶対に、後悔させない」
俺は、亜希子の髪を、優しく撫でた。彼女の柔らかな髪が、指の間を心地よくすり抜けていく。
公園のベンチに座ったまま、俺たちはしばらくの間、ただ互いの存在を感じ合っていた。
風が、木々の葉を揺らし、カサカサと音を立てる。遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。
すべてが、この禁断の関係を、より深く、そして甘美なものにしているようだった。
やがて、亜希子が、そっと顔を上げた。
「ねえ、大地くん…どこか、行こうか」
その言葉に、俺は一瞬、息をのんだ。彼女の目には、迷いと、そして、さらなる深みへと進もうとする、強い意志が宿っていた。
「ああ。どこへでも、亜希子さんが望むなら」
俺は、亜希子の手を取り、ベンチから立ち上がった。繋いだ手から、互いの温かさが伝わってくる。
その温かさが、俺たちの心を、さらに強く結びつけているように感じられた。