体験談

選択肢の迷宮で掴む真実の愛 前編

「カチッ」

深夜、スマートフォンの画面が淡く光を放つ。

鈴木悟、50歳。中小企業の社長という肩書きは、世間的には成功者なのだろう。だが、この広い自宅で一人、静かに酒を傾ける夜は、言いようのない空虚感を伴う。そんな俺が今、開いているのは、流行りのマッチングアプリだ。指先一つで、新しい出会いが手に入る時代。癒やしを求めている俺にとって、これはまさに救世主かもしれない。

プロフィールを作成する。趣味はゴルフ、海外旅行。写真は、少し若く見えるように加工した、笑顔の一枚を選んだ。正直なところ、出会いに対してそこまで前のめりな気持ちがあるわけではない。ただ、日々の喧騒から離れて、心を許せる相手と穏やかな時間を過ごしたい。そんな漠然とした思いで、「癒やされたい」と自己紹介欄に書き込んだ。

数日後、早くも何件か「いいね!」が届き始める。その中に、ひときわ目を引く女性がいた。

田中香織、38歳、エステティシャン。

写真の彼女は、透き通るような肌と、優しげな眼差しが印象的だった。美意識の高さがうかがえるプロフィールに、思わず「いいね!」を返す。すぐにマッチングが成立し、メッセージのやり取りが始まった。

「はじめまして、鈴木さん。田中香織です。プロフィール拝見しました。素敵な趣味をお持ちですね。」

丁寧な言葉遣いと、絵文字を控えめにしたメッセージに、彼女の落ち着いた人柄が垣間見える。俺は率直に、今のライフスタイルや、日々の疲れを感じていることを伝えた。彼女はそれに共感を示し、自身の仕事についても語ってくれた。エステティシャンとして、人々に癒やしを提供しているという彼女の言葉に、俺は不思議と心が安らぐのを感じた。

「私も、素敵な出会いを求めてこのアプリを始めました。鈴木さんとお話していると、なんだか心が落ち着きます」

彼女のメッセージに、俺の胸は少し高鳴った。「落ち着く」という言葉が、今の俺には何よりも響いたのだ。メッセージのラリーは続き、互いのライフスタイルや価値観について深く語り合った。そして、自然な流れで初めて会うことになった。場所は、銀座の会員制バー。落ち着いた空間で、ゆっくりと話ができる場所を選んだ。

一方、同じ頃。

佐藤亜紀、35歳。

元CAという華やかな経歴を持つ私は、現在は専業主婦として、都心のタワーマンションで暮らしている。何不自由ない生活。だが、夫との関係は冷め切っており、日々の生活は彩りを失っていた。満たされない心を満たすため、私はこのアプリに登録した。「新しい刺激や経済的安定」を求めて。

私のプロフィールは、少しだけ非日常を匂わせるように工夫した。海外での生活経験、美術館巡り、そして、華やかなドレスを身につけた写真。経済的に成功した男性をターゲットに、私の魅力を最大限にアピールした。

数日後、メッセージボックスには多くの「いいね!」が届いていた。その中でも、ひときわ目を引く人物がいた。鈴木悟、50歳、中小企業社長。プロフィールには「癒やしと安らぎ」を求めているとあった。私の求める「経済的安定」と、彼の求める「癒やし」。一見すると異なるようでいて、実は深く繋がっているのかもしれない。私は彼に「いいね!」を送り、マッチングが成立した。

「はじめまして、佐藤亜紀です。鈴木さんのプロフィール、とても素敵ですね。私も、新しい刺激や、心安らぐ関係を求めています。」

彼のメッセージは、簡潔ながらも、その言葉の奥に真剣さが感じられた。私は、今の自分の状況を、あえて伏せてメッセージを続けた。夫との関係については触れず、CA時代の話や、これまでの人生で経験してきた刺激的な出来事を語った。彼は、私の話に熱心に耳を傾けてくれた。彼の言葉からは、経済的な余裕だけでなく、知的な好奇心も感じられた。

メッセージで互いの理想の関係について語り合ううちに、自然と具体的な話へと進んだ。彼は、非日常的な高揚感も求めているようだった。そして、初めて会う場所として、高級ホテルのスイートルームを提案された。正直、驚いた。だが、同時に胸の奥で、微かな興奮が芽生えるのを感じた。これは、割り切った大人の関係が始まる予感がした。

田中香織との初対面の日。約束の会員制バーの扉を開けると、そこには、メッセージのやり取りで想像していた通りの、いや、それ以上に魅力的な女性が立っていた。彼女はシンプルなワンピースを身につけ、控えめなアクセサリーが、かえって彼女の美しさを際立たせていた。

「鈴木さん、はじめまして。田中香織です。」

彼女の涼やかな声に、俺は少し緊張しながらも、紳士的に挨拶を返した。案内された席に座り、バーテンダーにシャンパンを注文する。グラスを傾けながら、たわいもない会話を始めた。

「香織さん、メッセージのやり取りでも感じていましたが、本当に落ち着いた雰囲気の方ですね。」

俺の言葉に、彼女ははにかむように微笑んだ。その笑顔が、俺の心をじんわりと温める。

「ありがとうございます。鈴木さんも、メッセージの印象通り、とても包容力のある方だと感じました。」

彼女の言葉に、俺は少し照れた。包容力。そう言われるのは、久しぶりだった。会話が進むにつれ、俺は彼女の魅力に引き込まれていった。彼女は、俺の話に真剣に耳を傾け、時折、的確な相槌を打つ。そして、自分の仕事に対する情熱や、日々の小さな喜びについても、飾らない言葉で語ってくれた。

「エステの仕事って、お客様の心を癒やすことでもあるんですよね。お肌がきれいになることで、自信を取り戻したり、笑顔になってくれたり。そういう瞬間が、私にとって一番の喜びなんです。」

彼女の瞳は、仕事について語るとき、一層輝きを増した。その真摯な姿勢に、俺は心を打たれた。俺も、会社経営という仕事に情熱を傾けてきた。だが、いつしか日々の業務に追われ、心の余裕を失っていたのかもしれない。彼女との会話は、忘れかけていた大切な感情を呼び覚ましてくれるようだった。

「香織さんと話していると、本当に癒やされますね。日頃の疲れが、スーッと引いていくような感覚です。」

俺が素直な気持ちを伝えると、彼女は再び、優しく微笑んだ。その笑顔に、俺は抗しがたい魅力を感じていた。彼女の手が、グラスに添えられた俺の指先に、ふと触れた。「触れるか触れないか」のギリギリのラインを保ちながら、優しく、しかし確実に、その温もりが伝わってくる。

「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです。鈴木さんの日々の頑張りを、少しでも癒やすことができたら、私にとっても喜びですから。」

彼女の指先が、そっと俺の指をなぞる。その瞬間、俺の全身に電流が走ったような感覚に陥った。それは、単なる肉体的な触れ合いではない。心の奥底に眠っていた感情が、呼び起こされるような、そんな不思議な感覚だった。大人の駆け引き。そう理解しながらも、俺は彼女の仕草一つ一つに、抗えない引力を感じていた。

二軒目に移動し、少し酔いが回ってきた頃。彼女は、さらに俺の心を掴んだ。

「鈴木さん、もしよかったら、今度、私の隠れ家的なお店に、マッサージを受けにいらっしゃいませんか? きっと、もっとリラックスしていただけると思います。」

彼女の提案に、俺の心は一気に傾いた。彼女のプロとしての姿を見たい。そして、もっと深く、彼女に触れてほしい。その思いが、俺の心の中で渦巻いていた。

「ええ、ぜひ。香織さんの癒やし、もっと感じてみたいです。」

俺の言葉に、彼女は満足そうに微笑んだ。その夜、俺たちは互いに深く惹かれ合い、次の再会を約束して別れた。この出会いが、俺の人生に新しい光をもたらすことを、その時の俺は確信していた。

鈴木悟との初対面の日。高級ホテルのロビーで彼を待っている間、私の胸は期待と不安で入り混じっていた。経済的安定。新しい刺激。それらを彼が本当に与えてくれるのか。

「佐藤さん、はじめまして。鈴木悟です。」

彼が目の前に現れた時、私はその存在感に圧倒された。身長が高く、鍛えられた身体つき。そして、その瞳の奥には、確かな知性と、どこか孤独な影が見え隠れしていた。彼の年齢にしては、若々しく、そしてどこか危険な香りがした。

「鈴木さん、はじめまして。佐藤亜紀です。今日はお招きいただき、ありがとうございます。」

私は、できるだけ自然な笑顔で挨拶を返した。彼に案内され、ホテルの最上階にあるスイートルームへ向かう。エレベーターが上昇するたびに、私の心臓の鼓動は速くなった。非日常的な空間に足を踏み入れるたびに、私の感覚は研ぎ澄まされていく。

スイートルームの扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。眼下に広がる東京の夜景。煌びやかなシャンデリア。そして、広々としたリビングには、高級感あふれるソファが置かれていた。まさに、私が求めていた非日常の世界が、そこには広がっていた。

「さあ、どうぞ。佐藤さん、ゆっくりしてください。」

彼は、私をソファへと促し、自身はミニバーからシャンパンを取り出した。グラスに注がれた泡が、きらきらと輝く。乾杯のグラスが触れ合う音だけが、静寂な部屋に響いた。

「素晴らしいお部屋ですね、鈴木さん。こんな素敵な場所で、お話ができるなんて光栄です。」

私は、少しだけ挑発的な笑顔で彼を見つめた。彼は、私の視線を受け止め、その瞳の奥に、微かな欲望の色を宿らせた。

「佐藤さんが喜んでくれて、私も嬉しいです。どうぞ、ご自由に過ごしてください。今夜は、日頃の疲れを癒やして、心ゆくまで楽しんでいただきたい。」

彼の言葉は、まるで私への許可のようだった。私は、遠慮なくソファに深く身を沈めた。シャンパンを一口飲むと、その甘美な味が、私の喉を潤す。私は、彼の求める「癒やしと安らぎ」と、私の求める「新しい刺激や経済的安定」が、この夜、どのように交錯していくのか、密かに期待していた。

会話は、互いの仕事やこれまでの人生について、そして、このアプリに登録した動機へと移っていった。彼は、経営者としての苦労や、日々の孤独について語った。そして、私は、CA時代の華やかな経験や、自由を求める気持ちを語った。互いに、本音を語り合う中で、私たちは、表面的な関係ではない、もっと深い部分で繋がっていく感覚を覚えた。

「佐藤さんと話していると、本当に刺激を受けます。僕の知らない世界を、たくさん知っていらっしゃる。」

彼の言葉に、私は満足げに微笑んだ。彼の瞳は、私の話に真剣に耳を傾け、その表情からは、知的な好奇心と、そして、かすかな渇望が読み取れた。

「鈴木さんも、とても魅力的な方ですね。成功されているのに、どこか寂しさを抱えている。そういう方、私、嫌いじゃないです。」

私は、あえて踏み込んだ言葉を口にした。彼の表情が、一瞬にして変わる。その瞳の奥に、燃えるような情熱の炎が宿るのを感じた。彼は、ゆっくりと私の隣に座り、そっと私の手に触れた。

「…佐藤さん、もしよかったら、もっと僕のことを知ってください。そして、僕も、佐藤さんのことをもっと知りたい。」

彼の声は、少しだけ震えていた。その指が、私の指先を優しくなぞる。彼の熱い視線が、私の心を射抜く。それは、現実的な利害関係に加えて、そこに生まれる非日常的な高揚感が混ざり合い、割り切った大人の関係が始まる予感がした。

私は、彼の言葉に何も答えず、ただ、その視線を受け止めた。そして、ゆっくりと、彼の手を握り返した。この夜、私たちは、互いの奥底に眠る欲望を解き放つかのように、深く見つめ合った。これから始まる関係が、どのような結末を迎えるのか、その時の私たちはまだ知る由もなかった。

田中香織との再会は、初対面からわずか数日後のことだった。彼女が営むエステサロンは、都心から少し離れた閑静な住宅街の一角にあった。外観は落ち着いたカフェのようで、中に入ると、アロマの香りがふわりと漂い、心身がリラックスできる空間が広がっていた。

「鈴木さん、いらっしゃいませ。今日はありがとうございます。」

白衣をまとった香織さんが、柔らかな笑顔で迎えてくれた。普段の洋服姿とはまた違う、プロとしての彼女の姿に、俺は少しドキリとした。

「香織さん、本当に素敵なサロンですね。ここに来ただけで、もう癒やされる気がします。」

素直な感想を伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。個室に案内され、着替えを済ませる。施術台に横たわると、香織さんの手が、優しく俺の肌に触れた。

「今日は、お背中を中心に、全身をほぐしていきますね。お仕事でお疲れだと思いますので、心ゆくまでリラックスしてください。」

彼女の声は、まるで子守唄のように心地よく、俺の緊張をゆっくりと解きほぐしていく。温かいオイルが背中に塗られ、彼女の指が、凝り固まった筋肉を丹念にほぐしていく。

「んん…っ、気持ちいい…」

思わず、唸り声が漏れた。彼女の指圧は、力強いのに繊細で、まさに「神の手」だった。日頃のストレスや疲労が、まるで溶け出すように、体の中から消えていく感覚に陥った。

「鈴木さん、すごくお疲れが溜まっていますね。大丈夫ですか?」

彼女の優しい声が、耳元で囁かれる。その声には、単なるビジネスライクな気遣いではなく、心のこもった温かさが感じられた。

「ええ、大丈夫です。香織さんの手、本当に魔法みたいですね。このまま時間が止まればいいのに…」

俺は、冗談めかして言ったが、それは本心だった。彼女の存在そのものが、俺にとっての癒やしであり、安らぎになっていた。彼女の指が、ゆっくりと俺の首筋を撫で、そして耳たぶに触れる。その瞬間、全身にゾクゾクとした感覚が走った。単なるマッサージではない。そこには、明確な、肉体的な、そして心理的な触れ合いがあった。

「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです。鈴木さんがリラックスしてくれるのが、私にとっての一番の喜びですから。」

彼女の指先が、優しく俺の髪を撫でる。その温もりに、俺は思わず目を閉じた。施術が終わった後、俺はすっかり生まれ変わったような気分だった。体だけでなく、心の底からリフレッシュできた。

「香織さん、本当にありがとうございました。こんなに心身ともに満たされたのは、久しぶりです。」

俺が心からの感謝を伝えると、彼女はにこやかに微笑んだ。

「どういたしまして。またいつでもいらしてくださいね。鈴木さんの心のオアシスになれるように、私も頑張ります。」

彼女の言葉に、俺の胸は温かいもので満たされた。「心のオアシス」。まさに、その通りだった。帰り際、俺は思い切って、彼女を食事に誘った。

「香織さん、今度、よろしければ僕の行きつけのフレンチにでも、ご一緒しませんか? お礼をさせてください。」

彼女は少し驚いた表情を見せたが、すぐに満面の笑みで答えてくれた。

「ええ、喜んで! 鈴木さんの行きつけのお店、ぜひ行ってみたいです。」

次のデートの約束を取り付け、俺は足取り軽くサロンを後にした。香織さんとの関係は、ゆっくりと、しかし確実に深まっている。この穏やかな関係が、俺の心をどれだけ癒やしてくれるだろうか。

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