体験談

秘密のコレクション:知的に惹かれ合う二人の心理と肌

秘密のコレクション:知的に惹かれ合う二人の心理と肌

どうして、こんなにも惹きつけられるんだろう。恵美さんからメッセージが届くたび、俺の心臓は高鳴った。マッチングアプリを始めたのは、正直、少しばかりの好奇心と、研究漬けの毎日に何か新しい刺激が欲しかったからだ。まさか、こんなにも知的に、そして深く繋がれる相手が見つかるなんて、思ってもみなかった。

松村恵美さん、38歳、美術館学芸員。

俺より5歳年上だけど、メッセージのやり取りではそんな年の差は一切感じなかった。歴史、科学、芸術…興味の対象が驚くほど似ていて、しかも知識の深さが半端じゃない。

「この時代のフレスコ画に使われている顔料は、〇〇地方で採れる鉱石をすり潰したものらしいですよ」

「へえ、それは知らなかったです。地質学的な視点から見ると…」

そんなやり取りが深夜まで続くことも珍しくなかった。スマホの画面から伝わってくる彼女の知的な煌めきに、俺は完全に魅了されていた。

初めて直接会う約束をしたのは、メッセージを始めてから2週間後。場所は、二人でお気に入りの歴史博物館にした。待ち合わせの時間は10時。少し早めに着いて、入口のロビーでソワソワしながら待った。研究発表を待つより緊張するなんて、いつぶりだろう。

10時ちょうど。入口のドアが開いて、一人の女性が入ってきた。写真で見た通りの、いや、それ以上に魅力的な人だった。長い黒髪を緩やかにまとめ、品のあるワンピースを着ている。恵美さんだ。

「竹中さん、お待たせしました」

控えめだけど、芯のある声。その声を聞いた瞬間、俺の緊張は少し和らいだ。

「松村さん!いえ、恵美さんで良いですか?」
「はい、もちろん。優介さんも」

名前で呼び合うことに、なぜかドキッとした。画面越しの関係から、一歩踏み出した感覚。

博物館の中を二人でゆっくりと歩き始めた。展示物を見るたび、自然と会話が生まれる。

「この土器、装飾が面白いですね。縄文時代中期のものらしいですけど、地域によって全然違うんですよね」

と俺が言うと、

「そうなんです。特にこのあたりの様式は、海洋民族との交流があった影響が見られると言われています。大陸からの文化伝播を考えると…」

と、さらに深い知識を披露してくれる。

その知識量に圧倒されながらも、心地よかった。自分の知らない世界を教えてもらう喜びと、共通の話題で盛り上がれる楽しさ。周りに他の来館者もいるはずなのに、まるで二人きりで世界を探索しているような感覚だった。

特に盛り上がったのは、古代文明のコーナーだった。

「この黄金の装飾品、すごいですよね。どうやって加工したんだろう…」

と俺が呟くと、恵美さんは目を輝かせながら言った。

「これ、確か『失われた技術』の一つと言われてるんです。特定の鉱物を特定の温度で加熱すると、この独特の色合いが出るらしくて。再現しようと試みてる研究者もいるみたいですけど、まだ成功例は少ないって聞きました」

恵美さんの言葉に、俺の研究者としての血が騒いだ。もし、その技術が解明できたら…。そんな話を夢中でしているうちに、ふと気づいた。俺たちは展示ケースに顔を近づけすぎて、肩が軽く触れ合っている。

(あ…)

ほんの一瞬の触れ合いだったけど、電流が走ったような感覚。硬い展示ケースとは違う、柔らかい、温かい感触。恵美さんもそれに気づいたようで、少しだけ肩を引いた。その時の恵美さんの横顔が、なぜか少し赤く見えたのは、博物館の照明のせいだけではなかったと思う。

それからも、私たちは様々な展示物を巡りながら語り合った。古代エジプトの象形文字の解読の話、ルネサンス美術の遠近法の進化、日本の仏像における表情の変遷…。尽きることのない話題に、時間があっという間に過ぎていった。

お昼時になり、博物館内のカフェで休憩することにした。窓際の席に座り、コーヒーを飲みながらも会話は続く。

「優介さんって、研究者さんなんですよね。普段はどんな研究をされているんですか?」

と恵美さんが尋ねた。

「あー、俺は…ちょっと特殊な分野で、物質の表面の超微細構造が光にどう反応するか、みたいなことをやってます。まあ、地味な作業の繰り返しですけど」

少し照れながら答えると、恵美さんは興味深そうに目を丸くした。

「へえ、物質の表面ですか。なんだかSFみたいですね!光との反応…色の研究とも繋がりそう」

「そうなんですよ!まさに美術の世界とも繋がるところがあって。顔料の粒子構造とか、光の吸収・反射率とか…」

自分の研究について熱く語ってしまった。普段、研究室の人間以外とこんなに深く話す機会はないから、なんだか新鮮だった。恵美さんは真剣な表情で耳を傾けてくれ、時折、鋭い質問を投げかけてくる。そのたびに、この人は本当に知的好奇心が旺盛で、探求心がある人なんだと改めて感じた。

恵美さんの話も聞いた。美術館学芸員という仕事の面白さ、大変さ。新しい展示を企画する時のワクワク感、作品に込められた歴史や物語を読み解く喜び。彼女が話す言葉一つ一つに、仕事に対する情熱が込められていた。

カフェでの時間は、博物館で展示を見ている時とはまた違う、親密な空気感があった。お互いの仕事やこれまでの経験について話すうちに、画面越しの「松村恵美さん」ではなく、一人の人間としての「恵美さん」の魅力に触れた気がした。彼女の柔らかい笑顔、知的な話し方、そして時折見せる女性らしい仕草。その全てが、俺の心に温かい火を灯していくようだった。

カフェを出て、午後の展示を見ている時、再び身体が触れ合う機会があった。混雑している通路を歩いている時、恵美さんがバランスを崩しそうになったのを、俺が咄嗟に支えたのだ。

「っ…危ない!」
「あっ…すみません!」

俺の腕が、恵美さんの腰に触れた。細くて、想像していたよりもずっと柔らかい。一瞬だけ、そのまま抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。恵美さんの身体から伝わる温もりと、かすかに香る上品な香水の匂い。それは、脳で理解する「情報」としてではなく、本能に直接訴えかけてくる「感覚」だった。

恵美さんはすぐに体勢を立て直したけど、その顔は真っ赤になっていた。俺も、自分の顔が熱くなっているのを感じた。

「大丈夫ですか?」
「はい…すみません、油断してて」

ぎこちない会話。でも、そのぎこちなさの中に、理屈じゃない何かが芽生えているのを確かに感じた。知的な会話を通して心を通わせる一方で、身体は正直に、互いの存在に反応している。そのギャップが、たまらなくゾクゾクした。

博物館を出る頃には、外はすっかり夕暮れの色に染まっていた。初めて会ったとは思えないほど、恵美さんとの時間は充実していた。別れ際、恵美さんが少し名残惜しそうな顔をしたのを見て、俺は思い切って次の約束を取り付けた。

「恵美さん、もしよかったら、来週末にご飯でもどうですか?今回お話しできなかったこと、もっとたくさん聞きたいです」

恵美さんの瞳が、嬉しそうに輝いた。

「はい、ぜひ!私も優介さんと、もっと色々お話ししたいです」

その笑顔を見た瞬間、俺の中で何かが確信に変わった。この出会いは、単なるアプリでのマッチングなんかじゃない。もっと深いところで、俺たちは引きつけ合っている。理屈じゃない、本能的な引力が、確かにそこにあった。

次のデートの約束をして別れた後、俺は一人、夕暮れの空を見上げた。心臓がまだドキドキしている。これは、研究で新しい発見をした時の興奮とも違う。もっと、個人的で、温かい感覚。恵美さんと出会って、俺の世界は確実に色鮮やかになり始めている。この先、恵美さんとどんな関係になっていくんだろう。期待と、少しの不安が入り混じった感情を抱えながら、俺は家路についた。物語は、まだ始まったばかりだ。

恵美さんと次に会うまでの1週間は、研究が手につかないほどだった。常に恵美さんのことが頭の片隅にあった。メッセージのやり取りは続いていたけれど、博物館で触れたあの温もりと、まっすぐな瞳を思い出すたびに、胸の奥がざわついた。これは、これまでの人生で感じたことのない種類の引力だ。

そして迎えた週末。予約しておいた静かなレストランで、俺たちは向かい合って座っていた。テーブルに置かれたキャンドルの炎が、恵美さんの顔を優しく照らしている。昼間の知的な雰囲気とは違い、夜の恵美さんはどこか柔らかく、艶っぽく見えた。

「優介さん、このお店素敵ですね。よく来られるんですか?」

グラスワインを傾けながら、恵美さんが微笑んだ。

「いえ、恵美さんをエスコートするなら、と思って色々探したんです。気に入ってもらえたなら嬉しいです」

素直な言葉が、スッと口から出た。普段は研究のことしか考えていない無骨な自分なのに、恵美さんの前だと少しだけスマートになれる気がする。

食事をしながらの会話は、博物館での続きのようでもあり、さらに個人的な領域へと踏み込むものだった。仕事でのちょっとした失敗談や、子供の頃の夢、最近ハマっていること。他愛もない話なのに、恵美さんの言葉一つ一つが新鮮で、彼女の内面を少しずつ知っていくのが楽しかった。

「学芸員のお仕事って、華やかに見えるけど、結構地味な作業も多いんですね」

俺が言うと、恵美さんはフフッと笑った。

「そうなんです。作品の修復の立ち会いや、資料の整理、手続き関係…でも、そういう地道な作業の先に、一つの展示が完成した時の達成感があるんです」

恵美さんの話を聞いていると、彼女がどれだけ自分の仕事に誇りと情熱を持っているかが伝わってきた。俺の研究とは分野は違うけれど、「真理を探求する」という点では共通するものがあるのかもしれない。

「優介さんも、研究って大変そうですよね。でも、すごく楽しそうに話されるから、きっと天職なんでしょうね」

恵美さんのまっすぐな視線に、少し気恥ずかしくなる。

「まあ、好きじゃなきゃやってられないですね。うまくいかないことの方が圧倒的に多いですけど、それでも、誰も知らない真実にたどり着けた時の喜びは、何物にも代えがたいです」

お互いの「好き」なこと、「大切にしていること」を共有する時間。それは、知識や情報だけではない、もっと深いレベルでの繋がりを生み出しているように感じた。話が弾むにつれて、物理的な距離も自然と縮まっていった。テーブル越しに、思わず身を乗り出したり、手振りを交えたり。

食事の終盤、デザートが出てきた時、恵美さんがフォークを落としてしまった。

「あっ」

小さな金属音。俺は反射的に、テーブルの下に落ちたフォークを拾おうと手を伸ばした。恵美さんも同じタイミングで手を伸ばす。

その瞬間、お互いの指先が、テーブルの下で軽く触れ合った。

(まただ…!)

博物館での触れ合いとは違い、今回は意図せずとも、少しだけ長く触れていた気がする。恵美さんの指先は、驚くほど冷たかった。でも、触れた場所から、じんわりと熱が伝わってくるような感覚があった。

「すみません、私がうっかりして」

恵美さんが慌てて顔を上げた。その頬が、ほんのり赤くなっているのが見えた。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

俺も平静を装いながら、拾ったフォークを恵美さんに手渡す。その短い触れ合いが、なぜか全身に熱を帯びさせるようだった。理性が「何でもない」と告げても、身体は正直に反応する。心臓の鼓動が、少しだけ速くなったのを感じた。

それからも、恵美さんとのデートは続いた。美術館巡り、プラネタリウム、少し遠出して自然の中を散策したり。毎回、新しい発見があった。恵美さんの知的な一面、芸術に対する深い造詣、そして自然の中で見せる無邪気な笑顔。色々な恵美さんを知るたびに、どんどん惹かれていった。

同時に、身体的な距離も少しずつ縮まっていった。道を歩くとき、自然と肩が触れ合う。カフェで隣り合わせに座ったとき、腕が軽く触れ合う。そのたびに、心臓がドキリと鳴り、全身の血が駆け巡るのを感じた。

ある雨の日、急な通り雨に降られて、近くの小さなカフェに駆け込んだことがあった。二人とも少し濡れて、髪から水滴が滴っている。狭い店内は人でいっぱいだったけど、運良く空いていた窓際の席に座ることができた。窓の外では、激しい雨が降っている。カフェの中は、雨音と人々の話し声、コーヒーの香りで満たされていた。

濡れた服が肌に張り付き、少し肌寒い。恵美さんが肩を抱き寄せるのを見て、俺は思わず言った。

「大丈夫ですか?冷えてませんか?」

「少し…でも、なんだかこういうのも良いですね」

恵美さんが、濡れた髪を払いながら、はにかむように笑った。その笑顔が、やけに色っぽく見えた。雨音にかき消されそうになるほど小さな声だったけれど、俺の耳にははっきりと届いた。

「…恵美さん」

気づいたら、俺は恵美さんの名を呼んでいた。窓の外の雨音だけが響いている。室内はざわついているのに、俺たちの間だけ、時間が止まったような静寂が訪れた。

恵美さんの瞳が、じっと俺を見つめている。その瞳の中に、俺と同じような、期待と戸惑いが入り混じった感情が見えた気がした。

俺の右手は、テーブルの上にあった。恵美さんの左手も、テーブルの上にある。その距離、わずか数センチ。触れたい。その細くて柔らかな指先に、触れたい。そんな衝動が、止めどなく湧き上がってきた。

(ダメだ…まだ、早いかもしれない…)

理性的な自分がブレーキをかける。俺たちはまだ、数回デートしただけの間柄だ。知的な会話で惹かれ合っているけれど、これ以上の関係に進むのは、時期尚早かもしれない。

でも、そんな理性の声は、もうほとんど聞こえなくなっていた。恵美さんの潤んだ瞳。わずかに開いた唇。そして、指先から伝わってくる、抗いがたい引力。

俺は、ゆっくりと、恵美さんの手に向かって指を伸ばした。

指先が触れる。今度は、さっきまで冷たかった指先が、驚くほど熱く感じた。互いの体温が、指先から全身へと駆け巡る。

「っ…優介さん…」

恵美さんが、か細い声で俺の名を呼んだ。その声は、期待に震えているようにも、不安に揺れているようにも聞こえた。

握りたい。その華奢な手を、ぎゅっと握りしめたい。そして、この抗いがたい引力の正体を確かめたい。

俺は、恵美さんの指先を、そっと包み込んだ。柔らかくて、少し湿った感触。恵美さんの指が、俺の指に絡みつく。

その瞬間、カフェのざわめきも、窓の外の雨音も、全てが遠のいた気がした。この世界には、俺と恵美さんしかいない。二人の指先から伝わる熱だけが、全ての現実だった。

恵美さんが、さらに俺の方に身を寄せてきた。身体が触れ合う。博物館で肩が触れた時よりも、レストランで指先が触れた時よりも、ずっと強く、深く。

(このまま…)

心の中で、何かが弾けた音がした。理屈じゃない。年齢差でもない。職業も関係ない。ただ、この人を求める気持ちだけが、全身を駆け巡っていた。

恵美さんの吐息が、俺の頬にかかる。甘くて、少し切ない匂い。その匂いを嗅いだ瞬間、もう、何も考えられなくなった。

俺は、恵美さんの顔に、ゆっくりと自分の顔を近づけた。恵美さんも、目を閉じて、俺に応えるように顔を上げてくる。

雨音が、遠くで聞こえる。カフェの喧騒も、もう気にならない。ただ、目の前の恵美さんのことだけが、俺の全てだった。

触れるか触れないかの距離。恵美さんの唇が、目の前にある。

(…キスしたい)

生まれて初めて、こんなにも強く、誰かを求める気持ちになった。この唇に触れたら、何かが決定的に変わる。そう分かっていた。それでも、もう止まることはできなかった。

ゆっくりと、唇を重ねた。

柔らかい。そして、熱い。指先から伝わってきた熱が、今度は唇を通して全身に広がる。恵美さんも、応えるように、そっと唇を動かした。

カフェの窓の外では、まだ雨が降り続いている。でも、俺たちの周りだけ、時間が止まり、世界が輝き出したように感じた。このキスが、俺たちの関係を、決定的に次の段階へ進めるものになる予感がした。理屈を超えた、抗えない引力が、俺たちを結びつけていた。

カフェを出て、雨上がりの街を二人で歩いた。傘はもういらない。さっきまでの激しい雨が嘘のように止み、街灯の光が濡れたアスファルトに反射してキラキラと輝いている。まるで、俺たちの高揚した気持ちを映し出しているかのようだった。

カフェでのキス。あの瞬間から、俺たちの間には確実な変化が生まれた。理性と本能の綱引きは終わり、完全に本能が優勢になった。恵美さんの隣を歩きながら、触れ合った唇の柔らかさや、そこから伝わってきた熱を何度も思い出しては、胸がドキドキした。

「…雨、止んでよかったですね」

恵美さんが、少しだけ上気した声で言った。視線はまっすぐ前を見ているけれど、その横顔がどこか艶っぽい。

「ええ、本当に」

それ以上の言葉が、なかなか出てこない。何を話せばいいのか分からないくらい、心臓がバクバクしている。普段は研究のことならいくらでも喋れるのに、恵美さんのことになると、途端に言葉を失ってしまう。

数歩後ろを歩いていた恵美さんが、ふと俺の隣に並んだ。そして、そっと俺の右手に、左手を重ねてきた。

(!)

指先が触れ合う。さっきカフェで触れた時よりも、もっと深く。まるで、吸い寄せられるように、恵美さんの指が俺の指に絡みつき、そのままそっと握られた。

「優介さん…」

恵美さんの声が、すぐ隣で聞こえる。その声に含まれた微かな震えに、俺はたまらなく愛おしい気持ちになった。

俺は、恵美さんの手を、ぎゅっと握り返した。温かい。柔らかい。そして、この手は、もう決して離したくないと思った。知的な会話を通して惹かれ合ったけれど、結局、俺たちが求めていたのは、こういう、理屈じゃない温もりだったのかもしれない。

雨上がりの夜道を、手をつないで歩く。ごく当たり前の光景なのに、俺にとっては、この上なく特別で、夢のような時間だった。街灯の光、遠くで聞こえる車の音、肌を撫でる夜風。その全てが、恵美さんと手をつないでいるこの瞬間を、強烈に印象付けていた。

「…もう少し、このまま歩きませんか?」

気づいたら、俺はそう口にしていた。恵美さんは何も言わず、ただ、握った手に少しだけ力を込めてくれた。それが、肯定の返事だった。

どこへ行くという当てがあるわけじゃない。ただ、このままずっと、恵美さんと手をつないで歩いていたい。そんな純粋な衝動に突き動かされていた。

しばらく歩いて、人通りの少ない静かな公園の脇を通った時、恵美さんが立ち止まった。

「優介さん…」

改めて名前を呼ばれて、俺も立ち止まる。街灯の明かりが、恵美さんの顔を下から照らしている。見上げるような形で俺を見つめる恵美さんの瞳は、何かを語りかけているようだった。

「恵美さん…」

俺は、握っていない方の手で、恵美さんの頬にそっと触れた。肌が、驚くほど滑らかで温かい。指先で恵美さんの頬をなぞる。

恵美さんは、目を閉じて、俺の指先に顔を寄せてきた。その仕草だけで、俺の心臓は張り裂けそうになった。

「…俺の部屋、来ませんか?」

絞り出すような声だった。言ってしまってから、後悔するかもしれないと思った。でも、もう引き返せなかった。このまま恵美さんを家に帰すなんて、考えられなかった。

恵美さんは、しばらく黙っていた。長い沈黙が、俺の胸を締め付ける。拒否されるかもしれない。まだ早すぎると言われるかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。

やがて、恵美さんがゆっくりと目を開けた。そして、小さな、でも確かな声で言った。

「…はい」

その一言が、俺の全身を駆け巡った。喜び、安堵、そして、これから始まることへの期待。様々な感情が混ざり合って、俺はただ、恵美さんの手をさらに強く握りしめた。

タクシーに乗り込み、俺の部屋に向かった。車内では、ほとんど会話がなかった。お互いに、これからのことを考えて緊張していたのかもしれない。隣に座る恵美さんから伝わる体温だけが、この時間が現実であることを教えてくれた。

部屋に着き、ドアを開ける。普段は殺風景な自分の部屋が、今日はなぜか、温かく迎え入れてくれる場所のように感じられた。

「あの…散らかってますけど…どうぞ」

柄にもなく、どもってしまった。恵美さんは何も言わず、静かに部屋に入ってきた。

部屋の明かりをつけ、二人でリビングのソファに座った。外の雨音はもう聞こえない。部屋の中は静かで、俺たちの呼吸音だけが響いているようだった。

何を話せばいいのか分からない。どんな顔をすればいいのか分からない。戸惑っている俺の隣で、恵美さんがそっと身を乗り出してきた。

そして、俺の首に手を回し、優しく抱きついてきた。

(え…)

予想していなかった恵美さんの行動に、一瞬、思考が停止した。でも、すぐに、その温かくて柔らかい感触が、俺の全身を包み込んだ。恵美さんの髪から、さっきよりも強く、甘い香りがする。

「優介さん…」

耳元で囁かれた声に、ゾクッとした。もう、我慢できなかった。俺も、恵美さんの細い背中に腕を回し、強く抱きしめ返した。

恵美さんの身体が、俺の身体にぴったりと寄り添う。その柔らかさと温かさが、俺の理性を全て吹き飛ばした。心臓が、ドクドクと激しく鳴っている。

「恵美さん…」

俺は、恵美さんの肩に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。恵美さんの匂いが、俺の肺を満たす。

そのまま、ゆっくりと顔を上げ、恵美さんの唇を探した。さっきカフェで触れた時よりも、もっと求めて。恵美さんも、俺の気持ちに応えるように、顔を上げてくれる。

二度目のキス。一度目よりも深く、長く。舌が絡み合い、お互いの全てを確かめ合うかのように、貪るようにキスをした。恵美さんの吐息が、熱い。俺の吐息も、きっと熱い。

キスしながら、俺は恵美さんの服に手をかけた。恵美さんも、俺の服に手を伸ばす。理屈じゃない。言葉はいらない。ただ、お互いを求める気持ちだけが、ここにあった。

ゆっくりと、でも確実に、お互いの服を脱がせていく。肌と肌が触れ合うたび、電流が走ったようにゾクゾクした。博物館で触れた肩。レストランで触れた指先。カフェで触れた唇。全ての触れ合いが、この瞬間のための伏線だったかのように、一つに繋がっていく。

恵美さんの肌は、驚くほど滑らかで、温かかった。俺の腕の中で、恵美さんの身体が震えているのが分かる。それは、恐怖や不安からではなく、期待と興奮からくる震えだと思った。

俺も震えていた。こんなにも誰かを求め、求められた経験はなかったから。研究対象に向き合う時の冷静さや客観性は、そこには全くなかった。ただ、一人の男として、目の前の女性を欲していた。

ベッドルームへ移動し、二人でベッドに横たわった。シーツの冷たさが、火照った肌に心地よい。暗闇の中で、お互いの身体が触れ合う。恵美さんの吐息が、耳元にかかる。

「ゆうすけ…」

か細い声で、俺の名前を呼ばれた。その声に、俺の中の何かが決壊した。

もう、考える必要なんてなかった。理屈も、論理も、年齢差も、全てが無意味になった。ここにあるのは、お互いを求め合う、ただ純粋な本能だけだ。

俺は、恵美さんの身体を優しく抱き寄せた。恵美さんも、俺の背中に手を回す。

肌と肌が触れ合う感触。温もり。そして、高まっていく呼吸。

ゆっくりと、二人の身体が一つになる。

痛い。苦しい。でも、それ以上に、満たされていく感覚があった。失われたピースが、ぴたりとハマったような、完璧な一体感。

「ぁっ…」

恵美さんの声が、喘ぎに変わる。その声が、俺をさらに深く駆り立てた。

お互いの名前を呼び合いながら、求め合う。感情と身体が一つになって、どこまでも昇っていくような感覚。研究で真理にたどり着いた時の何倍も強い、とてつもない解放感と充足感。

理屈じゃない。論理じゃない。これは、紛れもない「愛」だと思った。知的な好奇心から始まった関係が、身体的な引力を経て、最終的に「愛し合う」という形に昇華した。

どれくらいの時間が経ったのか分からない。ただ、お互いの身体を抱きしめ合い、荒い呼吸を繰り返していた。肌は汗で濡れ、心臓は激しく鼓動している。でも、心は驚くほど満たされていた。

愛し合った後の、静寂。隣で眠っている恵美さんの寝顔を見つめる。昼間の知的な表情とは違う、無防備で、どこか幼い寝顔。この人が、今、俺の腕の中にいる。それが、信じられないような、でも確かに現実のことだった。

マッチングアプリで見つけた知的な煌めきは、いつの間にか、俺の心を焼き尽くすほどの情熱に変わっていた。そして今、その情熱は、静かで深い愛へと姿を変えようとしている。

恵美さんの髪をそっと撫でる。恵美さんが、それに気づいたのか、俺の胸に顔を埋めてきた。その仕草が、たまらなく愛おしかった。

この関係が、これからどうなっていくのかは分からない。年齢差。仕事。そして、マッチングアプリという出会い。世間から見れば、もしかしたら「秘密」の関係になるのかもしれない。

でも、そんなことは、もうどうでもよかった。理屈じゃない。論理じゃない。ただ、俺は、この人が好きだ。この人を愛している。その気持ちだけが、俺の全てだった。

隣で眠る恵美さんの温もりを感じながら、俺は静かに誓った。この、理屈を超えた場所で見つけた愛を、大切にしていこうと。

夜は、まだ始まったばかりだった。そして、俺たちの物語も、ここから本当の意味で始まっていくのだろう。

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