「健二さん!マッチングしました!」
スマホ画面に表示されたその文字を見た瞬間、脳みそを直接撫でられたような、むず痒い感覚が走った。
金子莉奈、24歳、アニメーター。アイコンに写る彼女は、俺のような居酒屋の兄ちゃんとは無縁そうな、柔らかい雰囲気の女性だった。なんで、俺なんかに? 半信半疑ながらも、メッセージを開く。
『はじめまして!マッチングありがとうございます!』
定型文とはいえ、その向こうにいるであろう彼女の笑顔を想像して、口元が緩む。太田健二、28歳、居酒屋店員。俺は迷わずメッセージを返した。
『こちらこそ、ありがとうございます!莉奈さん、アニメーターさんなんですね。すごい!』
そこから始まったメッセージのやり取りは、驚くほどスムーズだった。夜勤がある仕事という共通点。それが、俺たちの距離を一気に縮めた。
「終電逃すとか日常茶飯事すぎて笑えません」
「わかる!タクシー代で給料飛ぶんじゃないかってレベルっす」
不規則な生活の苦労。それは、昼間の仕事をしている人にはなかなか理解してもらえない。でも、莉奈さんは違った。彼女もまた、締め切りに追われ、生活リズムがひっくり返る日々を送っている。その「わかる」という共感が、何よりも心地よかった。
愚痴だけじゃない。夜中に食べるカップ麺の背徳感、明け方の静けさ、人気のない街を一人歩く時の妙な解放感。そんな、不規則な生活だからこそ味わえる「楽しみ」も共有した。メッセージを重ねるたび、画面の向こうの莉奈さんが、単なるアイコンから、血の通った人間になっていくのを感じた。俺たちの間に、確かな親近感が生まれていた。
数週間後、「一度会ってみませんか?」と俺は意を決してメッセージを送った。すぐに返信が来た。
『はい、ぜひ!けんじさんは、夜勤明けとかって大丈夫ですか?』
夜勤明け。それは、俺にとって最も素に近い時間かもしれない。化粧もせず、スーツを着るわけでもない。疲れているけれど、仕事が終わった解放感で、気分は少し高揚している。そんな時間帯に会うというのは、少し抵抗もあったが、莉奈さんの提案に乗ることにした。
「大丈夫です!莉奈さんも夜勤明けとかあります?」
「ありますあります!もう、顔とか見れたもんじゃないですけど…(笑)」
「俺もですよ!お互い様ってことで(笑)」
そうして決まった、早朝のファミレスでの初対面。待ち合わせ時間の少し前にファミレスに着くと、莉奈さんはもう席に座っていた。写真で見た通りの、柔らかい雰囲気。でも、画面越しよりも、ずっと華奢に見えた。
「莉奈さん!おはようございます!」
「けんじさん!おはようございます!」

少しはにかんだような笑顔。夜勤明けとは思えないほど、肌が綺麗だった。いや、化粧をしていないからこそ、彼女本来の肌の綺麗さが際立っているのかもしれない。
「夜勤明けなのに、ありがとうございます」
「いえいえ、俺の方こそ。莉奈さんこそ、疲れてるんじゃないですか?」
「正直、眠いです(笑)」
二人で顔を見合わせて笑う。まだ人が少ない店内に、俺たちの声だけが響く。この静かな空間が、妙に落ち着いた。
メニューを開くが、二人ともあまり食欲はない。結局、ドリンクバーだけを注文した。温かいコーヒーを啜りながら、メッセージで話していたことの続きをする。仕事のこと、趣味のこと、家族のこと。話せば話すほど、彼女の魅力に引き込まれていった。
「アニメのキャラクターに命を吹き込む仕事って、本当にすごいですよね」
「そんなことないです。地味な作業の繰り返しで…」
謙遜する莉奈さんの横顔を見る。真剣な眼差し。この人は、自分の仕事に誇りを持っているんだ。そう感じた。
「でも、莉奈さんが作ったキャラクターを見て、感動したり元気をもらったりする人がいるんですよね」
「…そうだと嬉しいです」
莉奈さんが、ふっと微笑んだ。その笑顔を見た時、胸の奥がキュッとなった。
「けんじさんも、居酒屋の仕事、大変ですよね。酔っ払いの相手とか…」
「まあ、色々ありますけど(笑)。でも、『美味しかったよ』って言ってもらえると、疲れ吹っ飛ぶんです」
「わかります、それ」
共感。またしても、その言葉に救われる。この人と話していると、心が安らぐ。初めて会ったのに、何時間も一緒にいるような、そんな感覚になった。
どれくらい時間が経っただろうか。空の色が、徐々に明るくなってきた。
「そろそろ、私、行かないと…」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
席を立ち、店の外に出る。早朝の空気は、少しひんやりとしていた。
「今日は本当に楽しかったです」
「俺もです。メッセージも楽しかったけど、やっぱり直接会って話すのは全然違いますね」
「そうですね」
莉奈さんが、少し照れたように笑った。その顔が、あまりにも可愛くて、俺は衝動的に言葉を口にした。
「あの、もしよかったら…また、会えませんか?」
莉奈さんが、俺の目を見つめる。その瞳の奥に、かすかな戸惑いが見えた気がした。俺、また何か変なこと言っちゃったかな。焦る気持ちを抑えながら、莉奈さんの言葉を待った。
「…はい。嬉しいです」
その言葉を聞いた瞬間、安堵と喜びが同時に押し寄せた。
「じゃあ、連絡します!」
「はい!」
別れ際、もう一度二人で微笑み合った。莉奈さんの後ろ姿が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。心臓が、ドクドクと高鳴っている。
早朝のファミレス。不規則な生活。そんな共通点から始まった関係が、これからどうなっていくのか。期待と不安が入り混じった、忘れられない朝になった。
莉奈さんと別れてからの数日間、俺の頭の中は、早朝のファミレスでの出来事でいっぱいだった。
「また会えませんか?」という俺の拙い誘いに、「はい、嬉しいです」と莉奈さんは言ってくれた。その言葉が、まるで魔法のように俺の心を浮き立たせた。
すぐにメッセージを送った。
「この前のファミレス、すごく楽しかったです。また、いつか時間が合えば…」
少し遠慮がちに打ったつもりが、指が震えていたかもしれない。既読がつくまでの間、心臓がうるさいくらいに鳴っていた。
『私もすごく楽しかったです!ありがとうございます!ぜひ、またお会いしたいです!』
弾むような返信に、思わず声が出そうになった。やった、また会える。喜びが全身を駆け巡る。次は何をしようか。どこに行こうか。メッセージのやり取りは、以前にも増して活発になった。今度は、お互いの「好き」をもっと知りたいと思った。莉奈さんが好きなアニメの話を聞き、俺が好きな音楽の話をする。共通の話題を見つけては盛り上がり、そうでない話題も、相手の知らない世界を覗くようで新鮮だった。
そして、二回目のデート。昼間のカフェを選んだのは、早朝とは違う、太陽の下の莉奈さんを見たかったからだ。待ち合わせ場所で彼女を見つけた瞬間、息を呑んだ。白いワンピースが、春の柔らかな日差しに透けて、まるで光を纏っているかのようだった。夜勤明けの素顔も魅力的だったけれど、ばっちりメイクした莉奈さんは、また違う輝きを放っていた。
「莉奈さん、こんにちは!」
「けんじさん、こんにちは!あれ、髪切りました?」
小さな変化に気づいてくれるのが嬉しかった。カフェに入り、窓際の席に座る。行き交う人々を眺めながら話すのは、ファミレスとはまた違った雰囲気だった。
「昼間に会うのって、なんだか新鮮ですね」
「ですね。いつもは寝てる時間なので…(笑)」
お互いの生活リズムが、いかに世間とずれているかを改めて実感する。でも、それが特別感を演出しているようにも感じた。
アニメの話、仕事の愚痴、学生時代の思い出。話は尽きない。前回のファミレスでは聞けなかった、一歩踏み込んだ話もできた。将来のこと、家族のこと、そして、過去の恋愛のこと。
「けんじさんは、どんな人がタイプなんですか?」
「え…タイプ、ですか? うーん…一緒にいて、落ち着ける人、かな」
咄嗟に答えた言葉だったけれど、それは偽りのない気持ちだった。莉奈さんといると、変に気を遣う必要がない。自然体でいられる。
「莉奈さんは?」
「私は…そうですね…面白い人がいいかな。あと、私の話をちゃんと聞いてくれる人」
そう言って、莉奈さんはクスッと笑った。その笑顔を見て、俺の胸がじんわりと温かくなった。
カフェを出て、公園を散歩した。桜はもう散ってしまったけれど、新緑が眩しい季節だった。並んで歩いていると、ふとした瞬間に、莉奈さんの指先が俺の手に触れた。
「っ…!」
電気が走ったような感覚。俺は反射的に手を引っ込めてしまいそうになったが、寸前で踏みとどまった。莉奈さんは、気づいているのかいないのか、そのまま歩き続けている。俺は、自分の心臓の音を聞かれないかとヒヤヒヤしながら、彼女の隣を歩いた。
何度かデートを重ねるにつれて、俺たちの距離は物理的にも精神的にも縮まっていった。映画館で隣に座った時、ふいに莉奈さんの肩が俺の肩に触れた。その温かさが、服の上からでも伝わってきた。ドキリとしたけれど、今回は手を引っ込めることはしなかった。そのまま、少しだけ肩を触れ合わせた状態で映画を観続けた。小さな接触だったけれど、俺の中では大きな一歩だった。
食事に行った時、グラスを取ろうとして、お互いの手が触れ合うことがあった。その度に、莉奈さんの指の感触が、手のひらに、指先に、焼き付くようだった。彼女の手は、俺の手よりもずっと小さくて、柔らかかった。
ある日の帰り道。駅まで二人で歩いている時、急に雨が降り出した。近くに雨宿りできる場所もなく、コンビニの軒先に駆け込んだ。狭い空間に二人きり。雨音だけが響いていた。
「まいったなぁ…」
「傘、持ってくればよかったです」
二人で顔を見合わせる。雨に濡れた莉奈さんの髪が、少し肌に張り付いている。その様子を見ていたら、無性に触れたくなった。濡れた髪を、優しく払ってあげたくなった。
「でも、こうして二人で雨宿りするのも、なんか、悪くないかも」
「え…?」
俺の言葉に、莉奈さんが少し驚いたような顔をした。
「なんていうか…秘密基地みたいで」
そう言って笑ってみせたけれど、本当は、目の前にいる莉奈さんを独り占めできているような気分だった。すぐそこに莉奈さんがいる。手を伸ばせば、触れられる距離に。
雨音を聞きながら、沈黙が流れる。気まずい沈黙ではなかった。むしろ、心地よい静けさだった。莉奈さんの呼吸する音、服が擦れる音。それら全てが、俺の耳には鮮明に届いていた。
ふと、莉奈さんが俺を見上げた。薄暗いコンビニの軒先で、彼女の瞳が、吸い込まれるように俺を見つめている。何かを言いたげな、でも言えないような、そんな表情だった。
その瞬間、俺の中の何かが弾けた。理性よりも、本能が勝った。
「莉奈さん…」
俺は、莉奈さんの頬にそっと手を伸ばした。少し冷たい雨の雫が、彼女の肌に残っていた。親指でそれを拭うように、頬を撫でる。莉奈さんは、目を閉じることもなく、ただじっと俺を見つめていた。その視線に、迷いはなかった。
(このまま…)
俺の指先が、莉奈さんの耳元から顎のラインを辿る。肌の柔らかさ、温かさ。ゾクゾクするような感覚が、指先から全身へと広がっていく。
そして、俺は、莉奈さんの唇に自分の唇を重ねた。雨音だけが響く世界で、俺たちの呼吸が、そっと重なり合った。柔らかくて、少し湿った感触。最初は戸惑いがあったかもしれないが、すぐに莉奈さんの唇も、応えるように動き出した。
キスは、段々と熱を帯びていった。唇だけでは物足りなくなり、舌が自然と絡み合う。とろけるような甘さ。まるで、ずっと求めていたものを手に入れたような、満たされる感覚だった。
雨宿りの時間だけは、止まってしまえばいい。そう思った。このまま、どこか遠い場所へ連れて行かれてしまうような、激しい感情の奔流に飲み込まれていくのを感じながら、俺はさらに深く、莉奈さんとのキスに溺れていった。
雨が、いつの間にか小降りになっていた。コンビニの軒先で、俺たちは激しいキスの余韻の中にいた。唇が離れると、急に現実に戻されたような感覚が襲う。目の前の莉奈さんは、少し潤んだ瞳で俺を見上げていた。濡れた頬が、照明に照らされて艶めいている。
「…雨、止んだみたいですね」
俺が掠れた声で言うと、莉奈さんはコクリと頷いた。言葉が出ない。何を言えばいいのか分からなかった。謝るべきか? それとも、この気持ちを伝えるべきか? 心臓が、まだ激しく脈打っている。自分の体温が、急速に上昇しているのを感じた。
「あの…」
莉奈さんが、おずおずと口を開く。
「さっきの…」
何を言うんだろう。恐る恐る莉奈さんの顔を見ると、彼女の頬が、薄暗い中でも分かるくらいに赤くなっていた。
「びっくり、しました…」
その言葉に、俺は安堵したと同時に、どうしようもない衝動に駆られた。びっくりさせたのは事実だ。でも、後悔はしていない。
「ごめん…っ。でも、莉奈さんのこと、触れたいって、キスしたいって思ったら、もう我慢できなくて…」
正直な気持ちを伝えた。莉奈さんは何も言わず、ただ俺の目を見つめている。その瞳の奥に、戸惑いとは違う、何か熱いものが宿っているのを見た気がした。
「…私も、同じ、でした」
か細い声だった。でも、その言葉は、今の俺にとって、何よりも力強い肯定だった。同じ気持ち。その響きだけで、体中の血液が沸騰するような感覚になった。
「莉奈さん…」
再び、俺は莉奈さんを引き寄せた。雨はほとんど止んでいたけれど、世界はまだ二人だけのものだった。さっきよりもずっと優しく、けれど確かに、唇を重ねる。今度は、お互いの気持ちが通じ合った上でのキスだ。甘くて、切なくて、そして、もっと深く求め合うようなキス。舌が絡みつき、呼吸が乱れる。莉奈さんの細い腕が、恐る恐る俺の首に回された。その小さな力が、たまらなく愛おしかった。
雨が完全に止み、空気はひんやりとしているのに、俺たちの体は熱かった。
「…もう少し、このままで、いてもいいですか?」
莉奈さんが、俺の胸に顔を埋めて呟いた。その声は、少し震えていた。
「うん…いくらでも」
俺は、莉奈さんの背中に腕を回し、強く抱きしめた。彼女の体の柔らかさ、温かさ。全てが俺の感覚を刺激する。このまま、離したくない。どこか二人きりの場所へ連れて行きたい。本能が叫んでいた。
雨宿りのキスを経て、俺たちの関係は劇的に変化した。次のデートは、迷うことなく俺の部屋にした。莉奈さんも、特に抵抗することなく頷いてくれた。メッセージのやり取りは、以前にも増して甘くなり、絵文字の代わりに、互いの本音や、隠していた情熱が溢れ出すようになった。
そして迎えた、俺の部屋でのデート。部屋に莉奈さんが入ってきた瞬間、途端にそこが特別な空間になったような気がした。いつもの見慣れた部屋が、全く違う色を帯びたように感じられた。
少し照れながら、部屋の隅々を興味深そうに見ている莉奈さんを見ていると、胸がきゅっとなる。
「なんか…けんじさんの『生活』って感じですね」
「まあ、男の一人暮らしなんで…大したもんじゃないけど」
そう言いながら、内心では、彼女にこの部屋をもっと見てほしい、俺の全てを知ってほしい、という欲求が膨らんでいた。
他愛もない話をしながら、一緒に食事をした。雨宿りの時とは違う、リラックスした雰囲気。でも、時折目が合うと、さっき雨の中で交わしたキスの熱が蘇る。互いの間に流れる空気が、少しずつ、しかし確実に変わっていくのを感じていた。
食事が終わり、ソファで二人並んで座った。テレビをつけてみたが、全く内容は頭に入ってこない。すぐ隣に莉奈さんがいる。その体温を感じるだけで、体の芯が熱くなる。
「ねぇ、けんじさん…」
莉奈さんが、小さな声で俺を呼んだ。顔を向けると、彼女の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。その眼差しに、迷いはなかった。
「…キス、したい」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。理性は完全に吹き飛んだ。俺は、莉奈さんの体を自分の方に引き寄せ、貪るように唇を重ねた。
雨の中のキスとは違う。もっと、激しく、深く、お互いを求め合うキス。舌が絡み合い、唾液を交わす。唇の感触、舌の動き、鼻腔をくすぐる彼女の匂い。全ての感覚が研ぎ澄まされる。莉奈さんの小さな呻き声が、俺の耳元で響く。
服の上から、莉奈さんの背中を撫でる。薄い生地越しでも分かる、華奢な体のライン。指先が触れるたびに、彼女の体がビクリと震えるのが分かった。その反応が、俺をさらに駆り立てる。
我慢できなかった。俺は、莉奈さんの服のボタンに手をかけた。少し震える指先で、ゆっくりとボタンを外していく。一枚、また一枚と服が剥がされていくにつれて、露わになる白い肌。照明に照らされたその肌は、驚くほど滑らかで、輝いていた。
「綺麗だ…莉奈さん…」
思わず声に出していた。莉奈さんは、恥ずかしそうに顔を背けたが、その体は、俺の求めるままに応えてくれていた。
ブラジャーを外し、露わになった胸に顔を埋める。柔らかくて、温かい。吸い付くと、莉奈さんの体が大きく震えた。甘い呻き声が漏れる。その声が、俺の中の獣を呼び起こす。
俺は、莉奈さんの体を抱き上げ、寝室へ向かった。柔らかいベッドの上に、彼女をそっと横たえる。その上に覆いかぶさると、彼女の熱がダイレクトに伝わってきた。
「けんじ…」
喘ぐような声で、莉奈さんが俺の名前を呼んだ。その声に、俺の理性の糸は完全に切れた。
服を脱ぎ捨て、莉奈さんの体の上に再び覆いかぶさる。肌と肌が触れ合う感触。互いの体温が混ざり合い、熱となって空間を満たす。彼女の柔らかな胸が、俺の胸に触れる。心地よい痛みと、たまらない快感。
「莉奈さん…」
再び名前を呼び、唇を重ねる。キスをしながら、ゆっくりと、だが確実に、莉奈さんの体の内側へと入り込んでいく。
「あ…っ…けんじ…!」
小さな悲鳴のような声。一瞬躊躇したが、莉奈さんの手が俺の背中に回され、爪を立てるように強く抱きついてきた。それが、俺への合図だった。
ゆっくりと、そして確実に、俺は莉奈さんの体の奥深くへと入っていく。初めての感覚。温かくて、柔らかくて、そして、彼女の全てを受け入れているような、そんな神聖な感覚。
「はぁ…はぁ…」
互いの荒い呼吸だけが、部屋に響く。腰を揺らすたびに、莉奈さんの甘い声が漏れる。その声に、俺はただひたすらに彼女を求め続けた。
快感が全身を駆け巡る。莉奈さんの体も、俺の動きに合わせてしなやかに揺れる。額に汗が滲み、息が苦しくなる。でも、止められない。もっと深く、もっと強く、彼女を感じたい。
「けんじ…っ…好き…」
絶頂の中で、莉奈さんがそう呟いた。その言葉は、俺の心を鷲掴みにした。単なる肉体的な快感だけではない。この人と、心も体も一つになりたい。この人を、愛している。そう、確信した瞬間だった。
「俺も…っ…莉奈さんのこと、大好きだ…!」
声が震えた。快感と、そして抑えきれない愛おしさが混ざり合った感情が、体の奥から込み上げてくる。
やがて、全てが解放される瞬間が訪れた。莉奈さんの体の中で、全てを出し尽くす。体中の力が抜け、莉奈さんの上に倒れ込む。二人の汗が混ざり合い、肌が吸い付くような感触。
しばらくの間、二人とも何も話せなかった。ただ、互いの体の温かさを感じながら、静かに息を整える。
「…けんじさん」
莉奈さんが、掠れた声で俺を呼んだ。顔を上げると、彼女は少し照れながらも、優しい瞳で俺を見つめていた。
「ありがとう」
その一言に、俺は胸がいっぱいになった。ありがとう、と言いたいのは、俺の方だ。
「莉奈さん…」
俺は、莉奈さんの額にキスをした。そして、もう一度、強く抱きしめた。この温かさ、この繋がり。これこそが、俺がずっと求めていたものなのかもしれない。
マッチングアプリで始まった、不規則な生活を送る二人の関係。早朝のファミレス、昼間のカフェ、雨宿り。様々な時間、様々な場所で、俺たちは心を通わせ、そして体を重ねた。それは、単なる衝動的な関係ではなかった。互いの弱さを受け入れ、共感し、そして求め合った結果だ。
莉奈さんの髪を撫でながら、俺は確信していた。これは始まりだ。深夜特急のように、ゆっくりと、しかし確かに走り出した俺たちの列車は、これからも、様々な景色を見せてくれるだろう。そして、終着駅にはきっと、「愛」という名の光が待っている。莉末さんの温もりを感じながら、俺はそっと目を閉じた。