ある日の夜。
バーでのアルバイトを終えて帰宅すると、
アパートの前に見慣れない車が停まっていた。
そして、その車の助手席に、りこさんが座っているのが見えた。
運転席には、男がいる。
りこさんの夫だろうか・・・。
二人は何か話し込んでいるようだった。
俺は、少し離れた場所に立ち止まり、
二人の様子を伺った。
普段のりこさんは、
いつも穏やかで優しい笑顔を浮かべている。
だが、その夜の彼女は、どこか俯き加減で、言葉少なに見えた。
夫の男は、何か強い口調で話している。
二人の間に、重たい空気が流れているのが、遠目にも伝わってきた。
俺は、隠れるように物陰に身を寄せた。
聞くつもりはなかった。
だが、張り詰めた二人の間の空気と、
時折聞こえてくる夫の苛立ったような声に、俺の意識は釘付けになった。
そして、男の口から漏れた、
信じられない言葉を耳にしてしまった。
「だから、あの時あなたがあんなことしなければ…!」
「んだと!?俺に反抗するのか!?」
「だってそうじゃない!あなたのせいで、私たちは…」
その後の言葉は、風に乗って途切れ途切れにしか聞こえなかったが、
「浮気」「どうするんだ」といった単語が、俺の耳に飛び込んできた。
そして、男が苛立ちを隠せない様子でハンドルを叩き、りこさんがさらに小さく肩をすくめるのが見えた。
・・・やっぱり、旦那さんだったか・・・
二人の間に何か問題がある。
それも、深刻な問題らしい。
その事実に、俺は言いようのない感情を覚えた。
(同情?心配?いや…それだけじゃない。)
心の奥底で、黒い感情が芽生え始めていた。
(りこさんが、何か困難を抱えている。それは、俺にとって…チャンスになるのではないか?)
もちろん、そんな考えは最低だ。
人の不幸を願うなんて、
人間として間違っている。
だが、どうしても、どうしても、彼女に近づきたいという欲望が、その倫理観をねじ伏せようとする。
彼女の、あの憂いを帯びた横顔。
その悩みを、俺が、俺だけが、受け止めてあげたい。
そして、その心の隙間に、俺が入り込みたい。
二人が車から降り、アパートの方へ向かってくる。
俺は慌てて物陰から離れ、
何食わぬ顔でアパートの入り口へ向かった。
すれ違う瞬間、りこさんの顔は、先ほどの憂いの影を潜め、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
プロの仮面でも被っているかのように。
しかし、その瞳の奥に、深い疲労の色が宿っているのを、俺は見逃さなかった。
「…こんばんわ」
「あ、修太君。こんばんわ」
夫は俺を一瞥しただけで、
何も言わずに部屋に入っていった。
りこさんも、軽く会釈をして、その後に続こうとする。
その背中に、俺は思わずりこさんに駆け寄り、小声で話しかけた。
「りこさん…何か、悩みがあるんですか…?」
立ち止まるりこさん。
彼女はゆっくりと振り返り、驚いたような表情で俺を見た。
そして、ふっと寂しげに微笑んだ。
「どうしてそう思うの・・・?」
「いえ…なんとなく…」
ごまかすような俺の言葉に、りこさんは何も答えなかった。
ただ、その瞳に、複雑な感情が揺れているのが見て取れた。
そして、彼女は小さくため息をつき、囁くような声で言った。
「少し…疲れてるだけよ」
その言葉が嘘だと、俺にはすぐに分かった。
だが、それ以上追及することはできなかった。
彼女の抱える闇に、踏み込んで良いのか、俺にはまだ分からなかったからだ。
しかし、この日を境に、俺とりこさんの関係は、少しずつ、だが確実に変化していくことになる。
隣人という壁を越えて、俺は彼女の心の奥へと、足を踏み入れていく。
そして、その先に待っているのが、甘美な破滅なのか、それとも…
りこさんの抱える「何か」
あの夜、夫とのやり取りを盗み聞きしてしまった俺は、その「何か」が彼女の心に影を落としていることを確信した。
そして、どうしようもなく、その闇の中に踏み込みたい衝動に駆られた。
彼女の、あの寂しげな瞳の理由を知りたい。そして、可能であれば、その苦しみから彼女を解放してあげたい。
それは、単なる隣人としての優しさではなかった。
すでに、俺の彼女への想いは、そんな生ぬるいレベルをはるかに超えていたからだ。
あの夜以降、俺はりこさんの様子をさらに気にかけるようになった。
アパートの廊下で顔を合わせる機会は増えた。
意識的に、彼女と同じタイミングで外に出たり、帰宅したりするようにした。
「りこさん、こんにちは」
「あ、修太君。こんにちは」
他愛もない挨拶。短い立ち話。
それでも、俺にとってはかけがえのない時間だった。
彼女の少し疲れたような笑顔を見るたび、胸が締め付けられた。
同時に、彼女の纏う甘く爽やかな香りが、俺の理性を揺さぶる。
近くにいるだけで、体の奥が熱くなるのを感じた。
ある日の午後。
大学の講義を早めに終えた俺は、アパート近くのコンビニで買い物を済ませた。
店を出ると、隣接するスーパーの駐輪場で、自転車に荷物を積み込もうとしているりこさんの姿が目に留まった。
買い物袋の重みに煽られ、
彼女は今にもバランスを崩しそうになっている。
(今しかない……!)
俺は迷わず駆け寄った。
「りこさん、大丈夫ですか?」
「あ、修太君。少し買い込みすぎちゃって……」
彼女の自転車の荷台には、他にもずっしりと重そうな袋がいくつも載っていた。
「持ちますよ」
「え? でも、悪いわよ」
「いえ、これくらい男なら平気ですから」
躊躇する彼女の手から、俺は買い物袋を受け取った。
腕に伝わる重みは相当なもので、女性が一人で運ぶには酷な重量だった。
「助かるわ、ありがとう。……お言葉に甘えて、家までお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです!」
重い袋を抱え、彼女の自転車を押しながらアパートへと向かう。
わずか数十メートルの道のりだが、彼女のすぐ隣を歩いているという事実が、俺の鼓動を激しくさせた。
時折、風に揺れた彼女の髪が私の腕に触れる。
その柔らかな感触と、記憶に刻まれたあの芳香が鼻をくすぐるたび、
全身に震えが走った。
アパートへ到着し、彼女の部屋の前まで荷物を運び入れる。
「本当にありがとう、修太君。おかげで助かったわ」
「いえ、いつでも頼ってください」
「……もしよかったら、少し休んでいかない? お茶でも飲んでって」
りこさんの誘いに、心臓が跳ね上がった。
彼女の私的領域へ足を踏み入れる。
緊張と期待で、手のひらにじっとりと汗が滲んだ。
部屋の中は驚くほど端正に整えられていた。
洗練されていながらも温もりのあるインテリア。
そして、部屋全体に微かに漂う彼女自身の香り。
「どうぞ、楽にしてね」
「お邪魔します……」
リビングのテーブルには可憐な花が飾られ、随所に彼女の生活の息遣いを感じ、私は居ても立ってもいられない気分になった。
「飲み物は何がいい? コーヒーで大丈夫かしら」
「あ、はい。いただきます」
キッチンで立ち働く彼女の背中を見つめながら、俺はソファーに身を沈めた。
しなやかな腰の曲線、柔らかなシルエット。
あの雨の日、タオルを借りた時に触れた肌の温もりが鮮明に蘇り、下腹部が熱く疼いた。
「はい、どうぞ」
立ち上る湯気とともにマグカップが置かれ、りこさんは俺の横に座った。
「改めて、ありがとうね。一人ではどうしようもなかったから」
「いえ……。あの、いつもお一人で買い物を? ご主人は……」
口にしてから、余計な干渉だったかと後悔したが、りこさんは力なく微笑んだ。
「最近、帰りが遅いの。それに……色々あって」
「色々」という言葉が、あの夜に耳にした夫婦の不穏なやり取りを想起させた。
浮気、そして破綻の兆し。
「何か……深刻な問題を抱えていらっしゃるんですか?」
意を決して尋ねると、彼女の瞳が微かに揺れ、重い口がゆっくりと開かれた。
夫の不貞、それに伴う多額の慰謝料、さらには横領による解雇。
彼女が一人で背負うにはあまりに過酷な現実だった。
「もう……どうすればいいのか、自分でも分からなくて」
マグカップを両手で包み、項垂れる彼女の肩が細かく震えている。
その脆さを目の当たりにした瞬間、俺の中の何かが決壊した。
守りたい、この絶望から連れ出したい。
衝動に突き動かされ、私は彼女の手に触れた。
「りこさん……!」
指先が重なった瞬間、熱が走った。
しっとりと吸い付くような肌の感触。
彼女が顔を上げると、その瞳は救いを求めるように潤んでいた。
「修太君……私……」
掠れた声に応えるように、俺は彼女の手を強く握りしめた。
そして、抗えない引力に導かれるまま、彼女の顔を引き寄せた。
唇が重なる。 甘く、どこか切なさを孕んだ初めての感触。
彼女の体は一瞬強張ったが、やがて力が抜け、受け入れた。
熱が沸騰する。
理性は霧散し、ただこの愛しい存在を全身で感じたいという情動だけが俺を支配した。
口付けは深くなり、互いの呼吸が混ざり合う。
「ん……修太……君……」
喘ぐような俺の名が、火に油を注いだ。
俺は彼女の手を掴んだまま、ソファーに押し倒した。
官能的な香りが濃密に立ち込め、衣服越しでも伝わる体温が私を狂わせる。
「りこさん……りこさん……」
名を呼び続けるたび、彼女の体が敏感に跳ねた。
「や……めて……」
弱々しい拒絶。
しかしその声は、私をさらに深淵へと誘う甘美な響きを帯びていた。
俺は彼女の首筋に顔を埋め、衝動のままに歯を立てた。
「ひっ……!」
彼女の指が俺の背中に食い込む。
これが決定的な過ちであり、人生を変えてしまう行為だと理解しながらも、一度火がついた欲望を止める術はなかった。
俺は、彼女の衣服に手をかけた。
「ぁ……修太く、だめ……っ」
微かな悲鳴さえも愛おしく、
指先は服の下に隠された真実を求めて彷徨う。
理性の砦は崩壊した。
震える手でワンピースのボタンを一つずつ外していく。
静寂の中に響く小さな音が、異常なほど扇情的に聞こえた。
すべてのボタンが解かれ、下着姿の彼女が露わになる。
白く華奢なレースの下で、豊かな胸が激しい呼吸に合わせて上下している。
「見ないで……恥ずかしい……」
頬を染め、腕で隠そうとするその仕草が、かえって征服欲を煽った。
「りこさん……、なんて綺麗なんだ」
俺は彼女の手首を優しく掴み、その美しさを視界に焼き付けた。
ブラジャーのホックを外すと、
解放された柔らかな膨らみが現れる。
指先で触れると、彼女の腰が弓なりに反った。
「ひっ……ん……っ……」
「りこさん、ここ……」
私は彼女の首筋に熱い息を吹きかけながら、その胸に吸い付いた。
「ぁあ……っ! んんっ……!」
強く求めれば求めるほど、彼女の指は俺の髪を強く掴んだ。
舌で愛撫し、吸い付く力を強めるたび、彼女の口からは甘い喘ぎが漏れ出す。
自分の衣服も脱ぎ捨て、裸身を重ねると、熱い肌が密着した。
俺は彼女を抱き上げ、寝室のベッドへと運んだ。
白いシーツに横たわる彼女は、この世のものとは思えないほど官能的だった。
ショーツをゆっくりと引き下げると、白磁のような肌が露わになる。
秘部を指先でなぞると、彼女は既に潤っていた。
「りこさん、濡れてる……」
「やだ……っ……あぅ……」
羞恥に顔を染めながらも、彼女の体は正直に応じる。
指を挿し入れると、温かな内部が締め付けてきた。
「ひぁっ……んんっ……!」
快感に打ち震える彼女の姿に、私はもう限界だった。
「りこさん……初めて会った時から、ずっと大好きでした。俺のすべてを受け取ってください」
彼女の瞳に欲望と快楽が混ざり合う。
「修太……そのまま、きて……」
結合の瞬間、圧倒的な熱量と一体感に包まれた。
「ぁ……っ……!」
温かく狭い空間に、自分の一部が溶け込んでいく。
「ん……修太……っ、あっ……!」
背中に食い込む爪の痛みさえ快感だった。
激しさを増す結合の音と、重なり合う呼吸。
「りこさん、気持ちいいですか……?」
「きもち、いい……すごく……っ」
二人の動きは激流のように加速し、汗が飛び散る。
「あぁ……っ、くる……っ、
修太……イク……!」
「りこさん!」
限界に達した私は、彼女の奥深くにすべてを解き放った。
「ぁっ……ドクドクしてる、すごい……」
弛緩した沈黙の中で、荒い息遣いだけが響く。
肌を合わせたまま、私たちは互いの体温を確かめ合った。
「……修太」
「……はい」
「……どうしよう」
その問いに、俺は答えを持っていなかった。
ただ、彼女と一つになれたという事実が、頭の中を支配していた。
「……ごめんなさい、りこさん」
「ううん、私も……私もなの……」
私は震える彼女を強く抱きしめた。
罪悪感と充足感が入り混じり、心は激しくかき乱される。
この先、どのような運命が待っているのか?
しかし、一つだけ断言できることがある。
私は田中りこという女性に、魂の奥底まで囚われてしまった。
そしてもう、二度とこの絆から逃れることはできないのだ。