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救済者か、堕天使か 第四章:偽りの仮面、そして揺れる心

憩から家に帰った俺は、ミキの事を考えていた。
修太との関係が、命の恩人であり、おじさんだという言葉は、俺の胸に確かに響いた。
だが、それでも拭いきれない違和感が、俺の胸の奥底に残っていた。あの日の夜、修太がミキに触れる時の、あの優しい眼差し。
そして、ミキが修太に見せた、あの甘えたような表情。あれは、ただの「命の恩人」と「おじさん」の関係なのだろうか・・・。
俺の心臓は、まだあの光景が脳裏に焼き付いているかのように、ドクドクと音を立てていた。

(でも、やっぱり俺は、ミキちゃんのことが好きだ…)

頭では理解しようとしているのに、心は拒否する。ミキのことが、ますます深く、俺の心に突き刺さっていた。
修太という男の存在が、俺の心を大きく揺さぶっていた。彼は一体何者なんだ。
そして、なぜミキ、いや咲良とあのような関係にあるのか。
その疑問が、俺を休ませてくれなかった。俺の脳裏には、ミキの笑顔と、修太の影が交互にちらつき、寝付けない夜が続いた。

ある日、俺は再び憩を訪れていた。


カウンターに座ると、修太がいつものように落ち着いた声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。
店の奥には、相変わらずサックスジャズのBGMが静かに流れている。
俺は、今日こそは、この胸のモヤモヤを晴らそうと決意していた。

「マスター。俺はミキちゃんのことが好きなんです」

俺は、単刀直入に、修太に自分の気持ちをぶつけた。
もう、回りくどいことは言いたくなかった。俺の心臓は、激しく鼓動を打っていたが、一度口に出してしまえば、不思議と冷静になれた。

「…で、私にどうしろと?」

修太の表情は、変わらない。淡々と、グラスを拭いている。
その落ち着き払った態度が、俺の焦りをさらに煽るようだった。

「ミキちゃんの連絡先が知りたいんです。お願いします!」

俺は、頭を下げた。なりふり構っていられなかった。
もしここで断られたら、もう俺には、どうすることもできない。

「…。それはできませんね」

修太の返答は、予想通りのものだった。
しかし、俺は諦められない。俺の身体は、まるで岩のように固まっていた。

「何でですか?!」

俺の声は、苛立ちを隠せない。
その声は、自分でも驚くほど大きく、店内に響き渡った。

「それはそうでしょ?本人の許可なく、連絡先を教えるなんてことはできません。彼女はうちのお客様でもあります。お客様の個人情報を漏らすなんてこと、私にはできません」

彼の言葉は、正論だった。だが、俺には、その正論が、まるで壁のように立ちはだかっているように感じられた。俺の頬が熱くなる。

「そこを何とか!」

俺は、食い下がった。
声が掠れ、喉がひりつく。

「…。真輝人くんと言いましたかね?」

グラスを拭きながら、修太が俺に尋ねる。
その視線は、俺の顔をじっと見つめている。

「はい!」

俺は、返事をしながら、彼が何を言いたいのか、固唾を飲んで見守った。
俺の呼吸は、浅く速くなっていた。

「そうゆうのは本人に聞くのがマナーでしょ?」

マスターの言葉は、俺の胸に突き刺さった。
分かっていた。分かっていたことだ。だが、その言葉を彼から直接聞かされると、胸の奥がズキズキと痛んだ。

「ミキちゃんに聞いてみましたが、『お店のルール違反になるから、ごめんね』と断られました」

俺は、正直に伝えた。その言葉を口にするたびに、胸の痛みが募る。
マスターは、グラスを拭く手を止め、俺の目を見つめた。
その瞳は、まるで俺の心の奥底を見透かしているかのようだった。

「そうですか…。では余計に連絡先を教える訳にはいかないですね」

その言葉に、俺は凍りついた。全身の血が、一瞬で冷えていくような感覚に襲われた。

「え?」

俺は、呆然と聞き返した。まるで、耳鳴りがしているかのように、彼の言葉が遠く聞こえた。

「真輝人くん、考えてもみてください。もしあなたが彼女の立場だったらどうですか?
仮に、あなたが彼女の好みの男性だったとしましょう。その場合は、彼女は店のルールだからと連絡先の交換を拒むでしょうか?
今のあなたのように、どうにかして連絡先を知ろうとするはずです」

修太の言葉は、俺の胸に、残酷な真実を突きつけた。
頭をガツンと殴られたような衝撃だった。彼の言葉の一つ一つが、俺の胸に重くのしかかる。

「確かに…」

俺は、うなだれた。彼の言う通りだった。
俺がミキの好みの男性だったら、彼女は別の方法で俺に近づこうとするはずだ。膝の力が抜け、身体が沈み込む。

「大変残酷なことを言いますが、今のあなたは、彼女にとって特別な存在ではないのです」

その言葉が、俺の心に、深く、そして冷たく突き刺さった。
まるで、氷の刃で胸を抉られるような痛みだった。俺の視界が歪み、目の前が霞む。

「そ、そんな…」

俺は、何も言えずに、ただうなだれるしかなかった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。呼吸が苦しくなる。

「深入りする前に、止めておくのが賢明です」

マスターの声は、淡々としていた。それが、かえって俺の心をえぐった。
その声には、一切の感情がこもっていないように聞こえた。

「…」

俺は、ただ沈黙するしかなかった。全身が重く、微動だにできなかった。

「それに…」

マスターは、言葉を続けた。俺は、顔を上げた。顔は熱く、汗が額を伝う。

「それに…?」

「彼女の仕事は、とても大変な仕事です。
あなたのような方をたくさん相手にします。彼女の事を好きなのはあなただけではありません」

その言葉は、俺の頭の中に、パドローナでのミキの姿を鮮明に蘇らせた。
俺だけじゃない。たくさんの男たちが、彼女に魅了され、彼女を指名している。
その事実が、俺の心をズタズタに引き裂いた。俺の心臓は、バラバラに砕け散りそうだった。

「…」

俺は、ただただ、その現実を突きつけられるしかなかった。
奥歯を食いしばり、必死に涙をこらえる。

「仮に、彼女と交際が出来たとして、仕事とはいえ、あなたは日々、いろんなお客様にサービスをする彼女を受け止められますか?」

マスターの言葉が、俺の心臓を鷲掴みにした。
その質問は、あまりにも重く、俺の胸にのしかかった。
彼女が、他の男たちと…?俺は、その光景を想像しただけで、吐き気を催しそうになった。
胃の奥から、こみ上げるような不快感が湧き上がる。

「あ…」

俺は、言葉を失った。無理だ。俺には、そんなことは受け止められない。身体中の血が逆流するような感覚に襲われた。

「だから、先ほども言いましたが、深入りする前に、止めておくのが賢明なのです」

修太の声は、まるで俺の心を凍らせるかのように、冷たく響いた。
その声は、俺の心の奥底に、凍てつくような冷たさを残していった。

「…」

俺は、完全に打ちのめされていた。目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなった。

「好きになる気持ちもわかります。彼女はとても魅力的な子ですから。
ですが、残念ながらあなたとは、住む世界が違います。そこを間違えると、このまま関係を続けた場合、あなたの人生の取り返しがつかなくなります」

その言葉は、俺の心に、深い絶望を突きつけた。
住む世界が違う。取り返しがつかなくなる。彼の言葉は、俺の希望の全てを打ち砕いた。俺の全身は、まるで鉛のように重かった。

「…はい」

俺は、絞り出すような声で、そう答えた。その声は、自分でも聞き取れないほど小さかった。

「真輝人くん。君はまだ若い。もっと他の世界を見てみると良いでしょう。きっと素敵な出会いがあります」

マスターは、俺を慰めるように言った。
しかし、俺の心には、その言葉は響かなかった。俺の心は、ミキのことしか考えられない。

「そんなの、考えられません…」

俺は、弱々しく答えた。ミキ以外の女性のことなんて、考えられなかった。俺の視線は、虚空をさまよっていた。

「…。まぁ、本来はここまでしませんが、私があなたの気持ちにトドメを刺した責任があります。なので、特別に良い事を教えましょう」

マスターは、少し間を置いて、そう言った。俺は、顔を上げた。良い事…?彼の言葉に、俺の心に、わずかな期待が芽生えた。まるで、暗闇に差し込む一筋の光のようだった。

「何ですか・・・?」

俺は、焦る気持ちを抑えきれずに、そう尋ねた。心臓が、またドクンと鳴る。

「ちょっと、耳を貸して…」

修太は、そう言って、俺に顔を近づけるように促した。
俺は、言われるがままに、彼の顔に耳を寄せた。彼は、低い声で、俺の耳元に、あることを囁いた。
その内容は、俺の想像を遥かに超えるものだった。俺の全身に、鳥肌が立つ。
それは、俺の人生を変えるかもしれない、とんでもない情報だった。

店を後にした俺は、まるで夢を見ているかのような気分だった。
修太から教えられたこと。それは、俺の人生を変えるかもしれない、とんでもない情報だった。
彼の囁いた言葉が、俺の耳の奥で何度も反響する。家に帰り、俺はすぐにパソコンを開いた。
指が震え、キーボードを打つ手がもつれる。そして、マスターから教えられた、ある出会い系サイトの会員登録をしていた。
俺の心は、不安と、そして、今まで感じたことのない、奇妙な興奮に満ちていた。その興奮は、まるで毒のように全身を駆け巡り、俺の思考を麻痺させていった。

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