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救済者か、堕天使か 第二章:強者の影、秘められた関係

その声が聞こえた瞬間、男たちの動きがピタリと止まった。俺は恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは、まるで彫刻のように鍛え上げられた、長身の男性だった。
服の上からでも、彼の筋肉の隆起がはっきりと見て取れる。
その男は、信じられないことに、ガラの悪い二人の男の首根っこを、片手ずつ掴み上げていたのだ。

「ぐっ…!」
「あっ・・・!」

男たちは、宙に浮かせられた状態で、苦しそうに呻く。顔を真っ赤にして、足をもがいている。
男は、まるでゴミでも捨てるかのように、掴んでいた男たちをそのまま近くのゴミ捨て場に叩きつけた。
ガジャーン!という大きな音と共に、男たちは地面に倒れ込み、呻き声すら上げられなくなった。
その光景に、俺は息を呑んだ。まるで、映画のワンシーンを見ているかのようだった。

状況を確認した男は、倒れている男たちに近づき、屈んで何か小声で話しかけている。
その声は、俺には聞こえなかったが、男たちの顔が、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。

すると、男たちは血相を変え、

「す、すみませんでしたーーー!!!」

と叫びながら、這う這うの体で逃げ去っていった。
その様子は、まるで地獄を見たかのような怯えを浮かべていた。
ガタガタと震えながら、足元もおぼつかないまま、闇の中に消えていく。
あの男は、一体何者なんだ?俺は、その男の背中を、ただ見つめるしかなかった。

「修太さん♡」

ガラの悪い二人が逃げ去った後、ミキの、弾むような声が響いた。
彼女は、その男に駆け寄ると、迷うことなく抱き着いた。 その光景に、俺の心臓は再び、ドクン、と大きく鳴った。
修太…?ミキの腕が、その男の背中に回される。

「さくら、怪我はないか?」

男は、ミキの頭をポンポンと優しく撫でながら、その身体を気遣った。
その声は、先ほどまでの威圧感とはまるで違う、優しい響きだった。
さくら?ミキの本名が、さくら…?俺の頭の中は、疑問符でいっぱいになった。胸の奥に、チク…と小さな痛みが走る。

「大丈夫♡」

ミキは、甘えるように男の胸に顔を埋めている。その親密な様子に、俺の胸はざわつき始めた。

「こーら。人前だぞ…」

男は、ミキを身体から離すと、再び彼女の頭をポンポンと撫でた。
その手のひらから伝わる温かさは、まるで父親が娘にするかのような、優しいものだった。
そして、俺に気づいたように、ゆっくりと近づいてきた。

「兄さん。大丈夫か?」

その声は、低いがどこか安心させる響きがあった。
俺は、まだ呆然としていたが、反射的に「あ、はい…」と答えた。全身の力が抜け、膝が笑いそうになった。

「夜はあぶねぇから、気を付けろよ」

男は、俺の肩を軽く叩いた。
その手のひらから伝わる温かさと、強靭な筋肉の感触に、俺は思わず身体を固くした。その瞬間、俺の中に、妙な劣等感が芽生えた。

「今、帰りか?」

男は、ミキに問いかけた。

「うん♡修太さん、お腹空いたからご飯食べに行こ♡」

ミキは、甘えるように男の腕に絡みつき、親しげに話している。
その光景が、俺の心臓を鷲掴みにした。修太さん…ミキ…さくら…頭の中で、情報が錯綜する。
この男とミキは、一体どういう関係なんだ?胸の奥で、ズキ、と痛みが走る。

「じゃぁな、兄さん」

男とミキは、二人で夜の街へと消えていった。
二人の後ろ姿は、まるで絵画のように美しく、そして俺を置いていくかのように、どんどん遠ざかっていった。
残された俺は、突然の出来事に、ただ立ち尽くすしかなかった。俺の目の前には、携帯電話の砕けた画面が、虚しく光っていた。

ミキの本名が「さくら」だということを知った。
そして、その「さくら」が、修太という男と、まるで恋人のように親密な関係にあることを知ってしまった。
俺の胸に、鈍い痛みが走る。その痛みは、まるで俺の心臓を直接握りつぶされているかのような、激しいものだった。
嫉妬と、そして、言いようのない喪失感が俺を襲った。

修太…あの男は、一体誰なんだ?
そして、ミキとどういう関係なんだ?俺の頭の中は、その疑問で埋め尽くされた。
ミキへの想いと、修太への嫉妬が、俺の心の中で渦を巻いていた。俺の全身は、まるで燃えるように熱かった。
次の日から、俺は修太という人物の事を調べ始めた。

バイトの合間や、休憩時間を使って、スマートフォンで検索をかける。
画面を何度もタップし、指が震える。すると、意外な情報がすぐに手に入った。修太は、カフェ『憩』のマスターだということが分かった。
その情報を知った時、俺の心に、ある感情が芽生えた。カフェに行けば、ミキに会えるかもしれない。
そして、修太とミキの関係を、もっと深く知ることができるかもしれない。俺の心は、まるで乾いた砂漠に水が染み込むかのように、新たな希望を吸い上げていく。

ある日、時刻は17時。俺は『憩』の前に立っていた。


重厚な木の扉。中から、微かにコーヒーの香りが漂ってくる。
その香りは、俺の緊張をさらに高めた。深呼吸をして、意を決して扉を開いた。手のひらには、じんわりと汗が滲んでいた。

カランカラン…

心地よい鈴の音が、店内に響き渡る。その音は、俺の鼓動と重なり、さらに大きく聞こえた。

「いらっしゃいませ」

低い、しかし響くような声。カウンターの奥に立っていたのは、あの日の男、修太だった。
彼は、俺に気づくと、微かに目を細めた。その視線に、俺は思わず身体を固くした。俺の心臓は、再びドクン、と鳴る。

落ち着いた店内には、サックスジャズのBGMがゆったりと流れている。
そのメロディーは、俺の緊張を少しだけ和らげてくれた。店の奥のBOX席には、可憐な女子高生が制服姿で、一人本を読んでいた。
まるで、そこだけ時間が止まっているかのような、静かで穏やかな空間。その光景が、まるで俺の心の内側を映し出しているかのように、どこか寂しく見えた。

俺は、カウンターに座り、「アイスコーヒーをください」と頼んだ。 声は、まだ少し震えていた。

「かしこまりました」

修太は、後ろの棚から、丁寧にコーヒー豆を取り出した。
その手つきは、まるで熟練の職人のようだった。そして、ハンドミルで、ゆっくりと豆を挽き始めた。
ゴリゴリ、ゴリゴリ…。豆が砕ける音が、店内に小さく響く。
フレッシュなコーヒー豆の香りが、俺の鼻腔をくすぐり、全身を満たしていく。
その香りは、俺の心を落ち着かせると同時に、これから訪れるであろう会話への期待感を高めた。俺は、ゆっくりと深呼吸をした。

やがて、アイスコーヒーが俺の前に置かれた。
深く濃い琥珀色が、グラスの中で揺れている。グラスの表面には、冷気によって生まれた水滴がキラキラと輝いている。
芳醇な香りのするコーヒーを一口飲む。冷たい液体が喉を通り過ぎるたびに、緊張していた身体が少しずつ解けていくのを感じた
。苦みの中に、微かな甘みが広がり、俺の舌を刺激する。

そして、意を決して、俺は修太に話しかけた。

「あの…」

修太は、洗い物をしながら、俺に視線を向けた。その視線は、まるで俺の心の内側を見透かしているかのように、鋭かった。

「はい、なんでしょう?」

その声は、低いが、どこか俺の心を試しているように感じられた。
俺は、震える声で、ずっと聞きたかったことを口にした。喉が渇き、声が掠れる。

「ミキちゃんとは、どういう関係なんですか…?」

その言葉を口にした瞬間、奥のBOX席にいた女子高生が、一瞬だけこちらに視線を向けたような気がした。
その視線に、俺は背筋がゾクリとした。俺の心臓は、再びドクン、と大きく鳴った。顔の熱が、さらに上昇する。

修太は、グラスを拭く手を止め、ゆっくりと俺に視線を向けた。
その瞳は、深淵を覗き込むような、底の見えない色をしていた。その目は、俺の全てを見透かしているかのようだった。

「ミキ…?はて?誰のことですか…?」

とぼけたような、しかしどこか見透かしているような修太の言葉に、俺はカッとなった。俺の胸には、怒りと焦りが入り混じった感情が渦巻いていた。

「とぼけないでください!パドローナで働いているミキちゃんのことです!」

俺の声は、俺が思っていたよりも大きく、店内に響き渡った。
隣の女子高生が、明らかにこちらに顔を向けたのが分かった。しまった、と思ったが、もう遅い。

「…!あぁ、彼女のことですか」

合点がいったかのような顔をする修太。
しかし、その表情の奥には、まだ何か隠しているような気配があった。
その目は、まるで獲物を見定めるかのように、俺をじっと見つめていた。

「彼女はね、昔からの知り合いですよ」

洗い終えたコーヒーメーカーの水滴を丁寧に拭きながら、修太は俺に返事をした。
その手つきは、あくまで冷静で、彼の心の内に波があるようには見えなかった。
知り合い…?それだけなのか?あの夜の、二人の親密な様子が、俺の脳裏に焼き付いている。

「知り合い…、ですか…。僕には、それだけには見えませんでしたが…?」

俺は、食い下がった。信じたくなかった。ミキが、この人と深い関係にあるなんて。
俺の心臓は、激しく脈打っていた。

「そう、言われましてもねぇ…」

修太は、返答に困った様子を見せた。その沈黙が、俺の疑念をさらに深めた。俺の指が、グラスを握りしめ、カタカタと震える。すると、

カランカラン…

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