俺は、マスターに教えられた出会い系サイトの会員登録を終え、その日からメッセージのやり取りを始めた。
しかし、現実は甘くなかった。何人かの女性にメッセージを送ってみたが、返ってくるのはそっけない返事ばかりだ。
(全然ダメじゃん…)
「チッ」
携帯電話をベッドに放り投げ、手を頭の後ろに組み、ベッドに横たわる。
(どうすればいいのか、さっぱり分からん…)
無機質な天井を見上げながら、視線が宙を舞う。 俺の心は、焦りと苛立ちで満たされていた。
ミキへの未練が消えないまま、新たな出会いを求めて足掻いている自分が情けなくもあった。
指先が、携帯電話の冷たい画面を無意識になぞる。このままでは、何も変わらない。俺は、決意を固めた。
(マスターに聞いてみるか…)
仕事が休みの日、俺はカフェ『憩』を訪れた。 扉を開くと、カランカランと心地よい鈴の音が店内に響き渡る。
「おっ、真輝人くん。いらっしゃい」
「マスター、こんにちは」
店内にはお客さんが誰もいなかった。 カウンターに腰かけ、アイスコーヒーを注文する。
「いつも豆から挽くんですね」
俺は、目の前で手際よくコーヒー豆を挽くマスターに問いかけた。その姿は、いつ見ても見事だった。
「あぁ、僕のこだわりだよ」
マスターは、涼しい顔で答えた。その声は、いつもと変わらず落ち着いていて、俺の緊張を和らげてくれる。
ゴリゴリ、ゴリゴリ…と豆が砕ける音が、店内に小さく響き、芳醇なコーヒーの香りが俺の鼻腔をくすぐる。
出来上がったアイスコーヒーは、芳醇な香りの深く濃い琥珀色をしていた。
グラスの表面には水滴がキラキラと輝き、見るからに冷たそうだ。苦味の中にほんのり広がる微かな甘みが、俺の舌を刺激する。
一口飲むと、冷たい液体が喉を通り過ぎ、俺の全身を癒していく。
「マスター、今日は相談したいことがあってきました」
俺は、意を決して切り出した。喉が少し渇き、声が掠れる。
「何だい?」
マスターは、俺の顔をじっと見つめている。その視線に、俺は少しばかり緊張した。
「教えてもらったサイトを使ってみたのですが、全然ダメでした…」
俺は、正直に現状を伝えた。悔しさが、俺の胸に込み上げてくる。
「…。うーん…」
マスターは、何か考え込んでしまったようだった。 その沈黙が、俺の心臓を締め付ける。
「真輝人くん。よかったら、女性とのやり取りを見せてくれないか?」
マスターの言葉に、俺は一瞬戸惑ったが、すぐに携帯電話から女性との履歴を表示して手渡した。
マスターは、それを受け取ると、パッと見ただけで眉をしかめた。
その表情に、俺はドキリとした。
「真輝人くん…。これじゃダメになるのは当然だ」
マスターの言葉は、俺の胸に突き刺さった。
「え?どうゆうことですか…?」
俺は、焦りともどかしさで、思わず身を乗り出した。
「ちなみに聞くが、真輝人くん。過去に女性とお付き合いしたことは…?」
マスターの質問に、俺は顔を赤くした。
「あ、ありません…」
情けない声しか出なかった。俺の未熟さを、改めて突きつけられた気がした。
「そうか…。だから、基本がわかってないのか…」
マスターは、納得したように頷いた。
「基本…?基本って何ですか?」
俺は、縋るような気持ちで尋ねた。喉がひりつき、声が上擦る。
「女性とお近づきになるための基本だよ」
「そんなのがあるんですか?!」
俺の目が、大きく見開かれる。そんなものがあるなんて、夢にも思わなかった。
「あぁ・・・」
マスターは、静かに頷いた。
「是非!教えてください!お願いします!」
俺は、前のめりになって懇願した。彼の言葉が、俺の希望の光のように思えた。
「…。仕方ない。じゃぁ、説明しよう。そもそも、女性というのはね…」
ここから、マスターの『特別授業』が始まった。 マスターから聞いた内容は、俺にとって目から鱗の内容ばかりだった。
彼の言葉は、まるで俺の知らなかった世界への扉を開いてくれるかのようだった。
俺は、一言一句聞き漏らすまいと、全身の神経を耳に集中させた。彼の声が、俺の心の奥深くまで染み渡る。
マスターの話をしばらく聞いていた時、
カランカラン…
ドアが開き、一人の女性が入ってきた。

スタイルは抜群でスレンダー体型。
豊かな胸、独特のオーラを放つその姿は、誰もが目を見開くような正統派美人だった。
彼女の醸し出す雰囲気に、俺は思わず息を呑んだ。
「修太さん…。こんにちは」
その女性は、修太に優雅な声で挨拶した。
その声は、どこかクールでありながらも、甘い響きを帯びていた。
「ゆきこさん。こんにちは。いらっしゃい…」
マスターは、その女性に優しい眼差しを向けた。ゆきこさん…。俺は、その名前を心の中で反芻した。
カウンターの端に腰かけ、彼女は携帯電話を触り始めた。
その仕草一つ一つが、洗練されていて、俺は彼女から目を離すことができなかった。
「真輝人くん。ちょっとごめんね」
マスターは、俺にそう断りを入れると、女性に近づいた。
「あ、はい」
俺は、小さく頷いた。マスターは、女性の前に立つと、優しく問いかけた。
「ゆきこさん。いつもので良いかい?」
「えぇ、お願い」
ゆきこという女性は、マスターの言葉に、クールな表情で応えた。
その声は、まるで氷のように澄み切っていた。マスターは、後ろの棚からコーヒー豆を取り出し、ハンドミルで挽き始めた。
その手つきは、いつもと変わらず丁寧で、豆が砕ける音が心地よく響く。
(綺麗な人だ…。)
思わず、その姿に見とれてしまった。
透き通るような肌に、長い手足。豊かな胸が、俺の視線を吸い寄せた。
彼女の醸し出す雰囲気に、俺はただただ圧倒されるばかりだった。
一瞬、彼女と目があったが、すぐに視線をそらされた。
その視線は、まるで俺など存在しないかのように、あっという間に消え去った。俺の胸に、チクリと痛みが走る。
「ゆきこさん。おまたせ…」
修太が淹れたてのホットコーヒーを彼女の前に置いた。
立ち上る湯気と共に、芳醇なコーヒーの香りが漂う。
「修太さん…。実はね…」
彼女はマスターの耳元で何かを話している。
その距離は、あまりにも近かった。俺の心臓は、ドクン、と大きく鳴った。
その会話は、俺には聞こえなかったが、その親密な様子に、俺の胸に言いようのないざわつきが生まれた。
マスターも彼女の耳元で何かを囁いた。
それを聞いた彼女の顔が甘い表情へと変化し、顔が赤くなっていく…。
その表情は、まるで、マスターに全てを委ねているかのような、そして、何かを望んでいるかのような、そんな表情だった。
マスターの囁いた言葉が、一体何だったのか。その内容が、俺の心を不安で満たした。
何となく、ここにいてはいけない気がした俺は
「ありがとうございました。今日は帰ります」
と言って、アイスコーヒーの代金をカウンターに置き、逃げるように、店を出た。
俺の足は、まるで勝手に動いているかのように、早足で店から遠ざかっていった。
俺の胸には、またしても言いようのないモヤモヤが残った。修太と彼女の関係は、一体何なのだろうか。
家に帰ってきて、俺はマスターから聞いた内容を書き起こす準備を始めた。
胸元にしまっておいたボイスレコーダーからSDカードを取り出し、パソコンで再生する。
「よし!ちゃんと取れてる!」
俺は、憩で聞いた内容を繰り返し再生しながら、内容をノートにまとめた。
その内容がこれだ。
心をつかむ!女性との関係を深めるための秘訣 基本的なアプローチと心構え
女性とより良い関係を築くために必要な知識や心構え。
女性との関係を深めたいと思っているのであれば、以下のポイントを意識することが重要。
この内容を通じて、相手への理解やコミュニケーションがよりスムーズになり、関係の確立に貢献することを目的としている。
- 相手を大切に思う気持ちを持つ
「理解し、共感する」
働く女性であれ、学生であれ、全ての女性には自分の生活背景や感情がある。
相手が何を考えているのか、どんなストレスを抱えているのかを理解することが、信頼構築の第一歩。
「尊重する姿勢を示す」
女性を尊重し、相手の意見や気持ちを大切にすることで、信頼関係を築きやすくなる。
時には、相手の立場に立って考え、共感を示すことが大切。
- コミュニケーションを大切にする
「行為前後の会話を重視する」
パートナーとの会話は無言の時間を埋めるための大切な要素。
何気ない会話でも、相手にとって大切な意味を持つことがある。
リラックスした状態でのコミュニケーションを心掛ける。
「他人と比べない」
他の人と比べてしまう発言は、相手を傷つける原因になる。
相手の個性や魅力を理解し、褒めることで信頼関係を深める。
- 安全な環境を提供する
「恐怖心を理解する」
対面する相手がどのようなリスクを抱えているかを理解することは、非常に重要。
相手が抱える不安や恐怖心に寄り添い、サポートすることが必要。
「信頼関係を築く」
安全な環境を作ることで、相手はより素直になり、自分をさらけ出しやすくなる。
お互いに安心感を持って関われることが、深いつながりを作る第一歩。
- 日常生活でのサポート
「小さな気遣いを忘れない」
日常の小さな気遣い(例えば、簡単なプレゼントや思いやりのある言葉)は、相手に「あなたは大切な存在だ」というメッセージを伝えること。
それが関係の深化につながる。
「支え合う」
お互いに助け合える関係を築くことは、恋愛においてとても大事。
相手が何かに苦しんでいるときに手を差し伸べる姿勢を持つこと。
- 振り返りと改善
「フィードバックを求める」
自分の行動について、相手からのフィードバックを求めることで、自分の意識を高める機会になる。
相手が何を必要としているか、何を期待しているかを理解することができる。
「関係の成長を楽しむ」
互いに成長しあう関係を楽しむことが重要。
どんな変化があったのかを振り返り、それを共に楽しむことが、より強い絆を築くポイント。
- 自己成長と自己管理
「自分磨きを怠らない」
自分を大切にし、自分磨きを継続することは、相手にも良い影響を与える。
自分自身が成長することで、相手との関係も自然に良くなる。
「心のケアをする」
ストレスや不安は、良好な関係を妨げる要因になる。
自分自身の感情をしっかり管理し、健全な心を保つことが、関係の質に直結する。
- 相手の趣味や興味を尊重する
「共通の趣味を見つける」
相手と共通の趣味を持つことで、自然な会話が生まれ、親密度が増す。
それを活用して、お互いに楽しむ時間を増やす。
「新しいことにチャレンジする」
相手が興味を持つことについて一緒に体験することで、距離を縮めることができる。
新しい体験を通じて、お互いの理解が深まる。
俺は、この内容を頭に叩き込み、再度、サイトを利用してみた。
今度は、マスターから教えられた教えを実践する。
女性へのメッセージの内容を丁寧に考え、相手のプロフィールをじっくりと読み込む。
返信が来たら、すぐに返さず、相手のペースに合わせて、じっくりとやり取りを重ねる。
小さな気遣いを忘れず、相手の趣味や興味にも関心を示す。
サイトを利用し始めて2週間後、俺は、初めて女性とデートに行ける約束を取り付けることが出来た。
相手は、5歳年下のフリーターで、遥ちゃんという女性だった。
彼女とのメッセージのやり取りは、今までの女性とは全く違った。
すぐに返信が来ないこともあったが、その分、遥ちゃんからのメッセージは、いつも丁寧で、俺の心を温かくしてくれた。
初めてのデートは、彼女の希望で水族館だった。
入場ゲートをくぐると、目の前に広がる青い世界に、俺は思わず息を呑んだ。
遥ちゃんも「わー、すごい!」と、目を輝かせている。
イルカショーでは、ジャンプするイルカに合わせて、遥ちゃんと一緒に「おおー!」と歓声を上げた。
水槽の前では、大きなジンベエザメが悠々と泳いでいる。俺は、遥ちゃんの隣に並んで、その姿を見上げた。
「ねぇ、ジンベエザメって、こんなに大きいのね!」
遥ちゃんは、俺を見上げて、にっこり笑った。
その笑顔に、俺の胸は高鳴る。そして、不意に、俺の手に、遥ちゃんの柔らかな手が触れた。
ピクッ、と俺の指先が反応する。俺は、恐る恐る、遥ちゃんの手を握った。
遥ちゃんの指が、俺の指に絡みつく。その感触に、俺の心臓は、ドクドクと激しく脈打った。
初めてのデートで手も繋ぐことができ、交際は順調に進んでいった。
その後も、遊園地やレストラン、居酒屋デートなどを重ね、3か月後、遥ちゃんが人生で初めての彼女となった。
そして、めでたく素人童貞も卒業できた。
あの夜の興奮は、今でも鮮明に俺の記憶に残っている。
遥ちゃんの吐息、肌の温もり、そして、初めての経験。全てが、俺を包み込んだ。
遥ちゃんは、ちょっとだけ寂しがり屋ではあるが、その分、いつも「少しでも、一緒にいたい」と言ってくれるので、俺としては問題なかった。
彼女のまっすぐな気持ちが、俺の心を癒してくれた。
俺は、マスターにもお礼を兼ねて、報告に行った。
「よかったな、真輝人くん!おめでとう!」
マスターもにこやかに祝福してくれた。
その笑顔は、俺の心に温かく響いた。
「ミキのことは、まだ忘れられませんが…」
俺が呟くと、マスターは俺の目を見て、優しく語りかけてくれた。
「真輝人くん。女につけられた傷は女でしか埋められない。だから、今の彼女さんを大事にしてあげなさい。それが君の心の傷を癒すことにもなる」
その言葉は、俺の心に深く響いた。確かに、遥ちゃんと出会ってから、ミキへの執着は少しずつ薄れてきている。
「はい!マスター、ありがとうございました!」
俺は、深々と頭を下げた。マスターの教えは、俺の人生を変えてくれた。
「おぅ!頑張れよ!」
俺は店を後にした。
修太は真輝人を見送りながら
(咲良は俺のものなんだよ…)
心の中で、咲良への支配欲を強めていくのであった。