体験談

交差する運命の糸 前編

蒸し暑い夏の盛り、蝉の鳴き声が降り注ぐ午後だった。俺、河野大地は、スマホの画面に釘付けになっていた。
指が震える。心臓の音がうるさいくらいに鼓動している。
俺の目の前に表示されているのは、とある出会い系サイトのプロフィール画面。
そこに写っている女性の顔は、俺がずっと心の中で秘めていた、美しくて手の届かない人――池田亜希子、俺の叔母だった。

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
亜希子が俺の実家に遊びに来たのは、確か俺がまだ小学校に上がる前だったか。
庭でセミの抜け殻を探していた俺を見つけ、彼女は

「大地くん、何してるの?」

と優しく声をかけてくれた。
その声は、ひどく澄んでいて、まるで天使の歌声のようだった。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く長い髪、涼しげな目元、そしてふわりと香る甘い匂い。
幼いながらも、俺の心は一瞬で奪われた。
それからというもの、彼女が実家に来るたびに、俺の胸は高鳴った。
それが恋だと気づいたのは、もっと後のことだけど。

(まさか、叔母さんがこんなサイトに……)

驚きと同時に、俺の心に芽生えたのは、抑えきれないほどの興奮と、一筋の希望だった。
これは、もしかしたら、俺が長年抱いてきたこの気持ちを、伝えるチャンスなのかもしれない。
いや、チャンスにしてみせる。

プロフィールには、「専業主婦」とある。
なぜ、叔母さんがこんなサイトに登録しているのか、俺には想像もつかなかった。
もしかして、旦那さんとうまくいっていないのか? いろんな考えが頭を巡る。
だが、そんなことよりも、今はただ、目の前のチャンスを掴むことに集中する。

俺はすぐにメッセージを送ることに決めた。でも、河野大地としてじゃダメだ。
きっとすぐに気づかれてしまう。焦る気持ちを抑えながら、俺は偽名をひねり出した。
「功佑(こうすけ)」
どこかで聞いたことのある、ありふれた名前。これで、バレないはずだ。

キーボードを叩く指が震える。どんなメッセージを送ればいい? 
ありきたりな挨拶じゃ、叔母さんの心には響かないだろう。
俺は何度も文面を推敲した。ありのままの気持ちを伝えるわけにはいかない。
でも、俺の魅力が少しでも伝わるように。

「はじめまして、功佑と申します。プロフィール拝見しました。素敵な笑顔に惹かれてメッセージしました。もしよかったら、お話しませんか?」

ありきたりだけど、これでいい。
心臓がバクバク鳴り響く。
送信ボタンを押すのに、どれだけの勇気がいっただろう。
送信した後も、しばらくは心臓が口から飛び出しそうなくらいだった。

返信は、意外にもすぐに来た。

「功佑さん、はじめまして。メッセージありがとうございます。お話、ぜひしましょう」

その簡潔な返信に、俺はガッツポーズをした。やった! これはいける!

それから、俺たちはメッセージのやり取りを重ねた。
たわいもない日常のことから、好きな映画の話、休日の過ごし方。
俺は、功佑として、彼女のことを深く知ろうとした。そして、彼女もまた、俺に心を開いてくれているように感じた。
メッセージの文面から伝わってくる、彼女の優しい人柄。
時折、絵文字を交えた可愛らしい文章に、俺の胸は締め付けられた。

実際に会う約束を取り付けるのは、そんなに難しいことではなかった。

「もしよかったら、今度お茶でもしませんか?」

俺が提案すると、彼女はすぐに承諾してくれた。

「ええ、ぜひ。功佑さんとお話ししていると、なんだかすごく落ち着くんです。不思議ですね」

そのメッセージを読んだ時、俺の胸は熱くなった。
落ち着く? それは、もしかしたら、血の繋がりがあるからなのか? 
いや、それだけじゃないはずだ。
俺は、功佑として、彼女の心に何かを残すことができた。
その事実に、俺は密かな喜びを感じていた。

待ち合わせの場所は、駅前のカフェに決まった。
約束の日まで、俺は生きた心地がしなかった。
当日、どんな顔をして会えばいいのか。バレたらどうしよう。
そんな不安と、早く会いたいという期待が入り混じり、眠れない夜を過ごした。

約束の日。俺は、待ち合わせ時間の30分前にはカフェに着いていた。
落ち着かない。何度も店の入り口を振り返る。
普段着ているフリーターの俺とは違う、少しだけ洒落たシャツを選んで着てきた。

「…来た」

カフェの自動ドアが開き、一人の女性が姿を現した。
すらりと伸びた手足、柔らかな曲線を描くボディライン。
そして、メッセージのやり取りで見ていた写真よりも、ずっと美しい顔立ち。彼女だ。

彼女は、俺の視線に気づいていないように、キョロキョロと店内を見回している。
その姿は、まるで迷子の子どものようで、俺の胸を締め付けた。
こんな風に、人目も気にせず、彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。

俺は意を決して、亜希子に近づいて行った。

「あの、池田さん、ですよね?」

俺の声に、亜希子はハッと顔を上げた。
その目が、俺を捉えた瞬間、彼女の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのがわかった。

「…え? 功佑さん・・・?あなた…まさか、大地くん…?」

俺は、とっさに言葉が出なかった。図星だ。俺は、彼女の予想を裏切ってしまった。

亜希子の顔は、驚きと、困惑と、そして少しの恐怖に彩られていた。
その表情を見た瞬間、俺の胸に、言いようのない痛みが走った。やはり、バレてしまった。

「あ、あの…ごめんなさい、人違い…」

亜希子はそう言うと、踵を返し、その場を離れようとした。

(だめだ! このままじゃ、二度と会えなくなってしまう!)

俺の脳裏に、これまでの亜希子との思い出がフラッシュバックした。
幼い頃、庭でセミの抜け殻を探していた俺に優しく声をかけてくれた彼女の姿。
実家に来るたびに、俺の心を捕らえて離さなかった彼女の笑顔。
そして、出会い系サイトで見つけた時の衝撃と、メッセージを交わす中で募らせた切ない想い。

「待って、亜希子さん!」

俺は、無意識のうちに、彼女の名前を呼んでいた。
そして、亜希子の細い腕を、強く掴んだ。

「っ…!」

亜希子の体が、びくりと震える。彼女の華奢な腕から伝わる体温が、俺の心臓をさらに強く打ち鳴らした。

「離して、大地くん! 何するの!」

亜希子の声は、震えていた。その目に宿る動揺が、俺の心をさらに焦らせる。

「離さない! 俺は、あなたに会いに来たんだ!」

俺は、逃げようとする亜希子の体を、強く抱きしめた。
彼女の体が、俺の腕の中で、ぎゅっと縮こまる。

「や、やめて…! ここは、お店よ…!」

亜希子の声が、弱々しく響く。周りの視線が、俺たちに突き刺さるような気がした。
でも、もう、どうでもよかった。今、この瞬間に、俺の全てを賭ける。

「亜希子さん…俺は、ずっと…ずっと、あなたのことが好きだったんだ!」

俺の口から、抑えきれない想いが、言葉となって溢れ出した。
亜希子の体が、俺の腕の中で、硬直する。彼女の耳元に、俺の熱い息がかかる。

俺の告白に、亜希子の体が、微かに震えた。
彼女の頬が、ゆっくりと紅潮していくのがわかる。
俺の腕の中で、彼女の体が、少しだけ、俺に寄り添うように感じた。

「嘘…でしょ…?」

彼女の声は、か細く、まるで消え入りそうだった。その声が、俺の心に、深く深く突き刺さる。

「嘘じゃない! ずっと、ずっとこの気持ちを伝えたかったんだ!」

俺は、さらに強く、彼女を抱きしめた。彼女の柔らかい体が、俺の体に密着する。
彼女の首筋から、甘い香りが漂ってきて、俺の理性を揺さぶった。

「俺は…あなたが、好きだ…!」

俺は、もう一度、心からの愛を叫んだ。
亜希子の細い指が、俺の背中に、そっと触れたような気がした。
その瞬間、俺の全身に、甘く痺れるような感覚が走った。

この腕の中で、彼女が俺の告白を受け入れてくれることを、俺はただただ、願っていた。
周りのざわめきが遠のき、俺たちの世界だけが、そこに存在しているかのようだった。

亜希子の指が俺の背中に触れた瞬間、全身に電流が走ったような感覚に襲われた。
カフェの喧騒が遠のき、俺たちの世界だけが、そこに存在しているかのようだった。
彼女の華奢な体が俺の腕の中で小さく震えているのがわかる。
その震えが、恐怖からくるものなのか、それとも別の感情からくるものなのか、俺には判断がつかなかった。

「亜希子さん…」

俺は、もう一度、彼女の名前を呼んだ。絞り出すような俺の声に、彼女の顔がゆっくりと上がる。
潤んだ瞳が、俺の目を捉えた。その瞳の奥に、わずかながらも、迷いと、そして、微かな期待のような光が宿っているように見えた。

「大地くん…本当に、なの…?」

彼女の声は、か細く、今にも消え入りそうだった。その声が、俺の胸を締め付ける。俺は、嘘偽りのない、心からの言葉を伝えようと決めた。

「ああ、本当だ。ずっと前から…あなたのことが、好きだった。初めて会った時から、ずっと…」

俺の言葉に、彼女の目が、大きく見開かれた。
彼女の頬が、さらに赤く染まっていく。
俺の腕の中で、彼女の体が、ゆっくりと、力を抜いていくのを感じた。
抵抗する力が、失われていく。その変化に、俺の心臓はさらに激しく鼓動を始めた。

「でも…私、あなたの叔母さんよ…」

亜希子の声には、まだ戸惑いが残っていた。
その言葉に、俺は一瞬、心が痛んだ。だが、それでも、この想いを諦めるわけにはいかない。

「そんなの関係ない! 血の繋がりなんて、関係ないんだ! 俺は、あなたという一人の女性を愛してる!」

俺の言葉に、彼女の唇が、小さく震えた。彼女の瞳が、俺の真剣な眼差しから逃れるように、下を向く。
その白い首筋に、俺は吸い寄せられるように視線を向けた。

「あのサイトで…亜希子さんを見つけた時、俺は…運命だと思ったんだ。これは、俺に与えられた、最後のチャンスだって…」

俺の言葉に、彼女の肩が、わずかに揺れた。彼女の耳元に、俺の熱い息がかかる。甘い香りが、より一層強く俺の理性を揺さぶった。

「俺は、功佑として、あなたと話しているうちに、確信したんだ。やっぱり、俺が好きなのは、あなたしかいないって…」

俺は、彼女を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
彼女の柔らかな体が、俺の胸に、より深く埋め込まれる。その感触に、俺の体は熱くなった。

「ねえ、亜希子さん…俺じゃ、ダメかな…?」

俺の声は、懇願するように響いた。彼女の体が、俺の腕の中で、再び微かに震え始める。
その震えは、もはや恐怖だけではない、別の感情を帯びているように感じられた。

(頼む…俺を受け入れてくれ…)

俺は、彼女が俺の告白を受け入れてくれることを、ただただ、願っていた。
周りのざわめきが、再び遠のき、俺たちの世界だけが、そこに存在しているかのようだった。

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