復讐の炎と歪んだ取引
あの夜以来、美央と海斗の関係は一変した。
美央は海斗のマンションでの家事代行の仕事を続ける傍ら、彼との肉体関係を重ねる日々を送っていた。
それは、夫に「女として見ていない」と突き放された美央にとって、女としての自己を取り戻す行為でもあった。
カチャ・・・
「ただいま!美央さん、いるー?」
「あっ!海斗くん。おかえりなさい」
海斗の部屋で、いつも頼まれている家事代行の仕事をしている時、海斗が仕事から帰ってきた。
美央は、洗い物をしていた手をタオルで拭きながら、海斗を玄関で出迎えた。
「今日は早かったんですね」
「うん。会議が中止になったんで。定時で上がってきました」
「今、ご飯できますから、先に着替えててください」
「ありがとう」
別に付き合っているわけでもないのに、すでに新婚夫婦のような雰囲気の二人・・・。
美央も久しぶりの感覚に心が少し躍っていた。
キッチンで調理をしている美央に、着替えを済ませた海斗が後ろからそっと美央を優しく抱きしめる。
「・・・!もう、海斗くん、あぶないよ・・・」
冗談めかしながら答える美央だったが、心の中はドキドキしていた。
「いつもありがとう・・・美央さん」
ありがとう・・・。
(夫には結婚してから一度も「ありがとう」なんて言われたことがなかった・・・)
美央にとって海斗の優しさが、いつも心に沁みていた。
その夜、いつものように海斗の部屋の家事代行の仕事を済ませ、帰り際、今日も海斗と身体を重ねる。
「美央さん・・・」
「海斗くん・・・」
海斗の大きく逞しい肉棒が身体の奥深くまで到達するたびに、痺れるような快感が全身を駆け巡る。
それは、長年忘れていた、あるいは知らなかった自身の身体の可能性を知る時間だった。
彼が童貞を失ったばかりとは思えないほどの激しさと、時折見せる純粋な戸惑いとのギャップが、美央をさらに深く彼との関係に引き込んでいった。
一方、海斗もまた、美央との関係を通じて大きく変化していた。
初めて知った女性の温もりと快感は、彼の内に秘められていた自信を解き放った。
仕事への集中力が増し、患者への対応にも以前にも増して力強さが宿る。
彼の誠実さと確かな腕前は、病院内での評価を急速に高め、やがて医員から助教へと昇進する足掛かりとなる。
美央との関係は、海斗にとって、医者としても、そして一人の男性としても、成長を促す触媒となっていた。
彼は少しずつ、美央に対して性的な欲望だけでなく、深い愛情を感じ始めるようになっていたが、
美央が人妻であることと自身の奥ゆかしさから、その気持ちを素直に伝えることはできずにいた。
ところで美央の夫、寛はというと、海外での単身赴任生活を続けていた。
仕事の重圧と異国での孤独は、彼を現地の女性との関係に依存させていた。
「ヒロシー!」
「おぉ!ジェシー!気持ちいいよーぉ!」
美央は夫の不貞には気づいていなかったが、夫婦間の溝は深まる一方だった・・・。
ゴロゴロ・・・
ある日の午後、海斗の部屋で家事代行の仕事を終え、美央は家路を急いでいた。
空はどんよりと曇り、遠くで雷鳴が轟き始めた。
カッ、カッ、カッ・・・
ヒールの音が濡れた路面に響く。
急に降り出した冷たい雨に、美央は肩をすくめた。
ポツポツと降り始めた雨粒は、やがてザーザーと容赦なく降り注ぐ土砂降りへと変わった。
足を速めシャッターの下りた店先で濡れた服をタオルで拭きながら、雨宿りをしていたその時、美央に声をかける男がいた。
「美央さん、ですよね・・・?」
「・・・え?」
聞き覚えのない声に、美央は声の方へと振り返った。
そこに立っていたのは、夫の寛の会社の同僚だと、以前一度だけ自宅で紹介された男、和城だった。
和城は、雨に濡れた美央を見て、どこか下卑た笑みを浮かべた。
「こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ。ちょうど、美央さんの家に行って、ご主人のお話でもしようかと思ってたんですよ・・・」
和城の言葉に、美央は嫌な予感を覚えた。
「主人の事って、一体・・・?」
「まあ。単刀直入に言いましょう」
和城は美央に近づき耳元で、こう囁いた・・・。
「ご主人の寛さん、海外で愛人を囲ってますよ・・・」
「・・・!!うそ・・・?!」
和城の口から放たれた言葉に、美央の頭は真っ白になった。
(まさか・・・そんな・・・)
しかし、夫との間の冷え切った関係を思えば、あり得ない話ではない。
和城は美央の動揺を見透かしたように、畳みかける。
「証拠もあるんですよ。写真とか、色々・・・。ご興味、あります?」
美央は何も言えなかった。
夫の裏切りに対する、深い絶望と怒りが、静かに燃え上がり始めていた。
和城はそんな美央の様子を見て、さらに言葉を続けた。
「もちろん、タダで差し上げるってわけにはいきませんがねぇ・・・。
俺も男でして、一度お見かけした時から、あなたのことが忘れられなかったんですよ・・・ヒヒ・・・」
ギョロ・・・
和城のいやらしい目つきが、ねっとりと美央の体を這う。
その視線に、美央は強い嫌悪感を抱いた。
しかし、心の中で燃え盛る夫への復讐心が、嫌悪感を凌駕した。
証拠を手に入れれば、夫を追い詰めることができる。そのためなら…。
「…何を、望んでいるんですか・・・?」
美央の問いに、和城は歪んだ笑みを深くした。
「決まってるでしょう。あなたを抱いてみたいんですよ。心ゆくまで・・・」
和城は、私の身体を目で犯すように下から上へと舐めるように見つめ
「どうです・・・?そこのホテルで一晩、俺にその体を堪能させてくれれば、浮気の証拠、私が準備しますよ」
和城の提案は、美央の倫理観を激しく揺さぶった・・・。
しかし、夫に裏切られたという事実は、美央の心を黒く塗りつぶし始めていた。
(この男を利用して、夫に報復する・・・)
歪んだ考えが、美央の心を支配した。
美央は、静かに頷いた。
「分かりました…」
外では、雷鳴が轟き、雨脚はさらに強くなっていた。
それはまるで、美央の心の中で生まれた、暗く激しい感情の嵐のようだった。
和城は満足げに笑い、近くのホテルへと美央を誘った。
復讐という名の炎に身を焦がしながら、美央は和城と共に雨の中、歩き出した。
それは、海斗との関係とも、夫との過去とも違う、新たな暗闇への一歩だった・・・。